東洋医学研究所のホームページでは、東洋医学研究所グループの先生方が順番にコラムを担当して頂いています。
今回は、「睡眠について」と題して東洋医学研究所®グループ栄鍼灸院の石神龍代先生のお話を紹介させて頂きます。
睡眠について
東洋医学研究所®グループ栄鍼灸院
院長 石神龍代
はじめに
人はその生涯の約3分の1は眠って過ごします。睡眠が人の脳の働きや身体的な健康に関して果たしている役割は非常に大きいので、いかに健常な睡眠を維持していくかということは、超高齢社会における日本人の健康寿命を延すために大きな問題であります。
今回は謎多き睡眠について睡眠と覚醒のメカニズムに関わる最近の情報をご紹介させていただきます。
睡眠とは
睡眠は脳の休息という単なる一時的な脳神経活動停止の時間ではなく、身体機能の回復や記憶の固定などの大脳情報処理といった高度の生理機能に支えられた適応行動であり、健全な身体機能を維持するためにきわめて重要であります。
最近の睡眠医学の進歩によって睡眠のメカニズムの理解も大きく進んでいます。
睡眠には規則的なリズムがあり、毎日ほぼ同じ時刻に眠り、同じ時間に目覚めます。睡眠中はレム睡眠と大脳を休めるノンレム睡眠とが約90分周期で変動し、覚醒に向けて準備を整えています。
このような規則正しい睡眠リズムは疲労による睡眠欲求と体内時計による覚醒力のバランスで形成されています。また、健全な睡眠を維持するために、睡眠中は自律神経系やホルモン(メラトニンやコルチゾール)など、さまざまな生体機能が総動員されています。
睡眠と覚醒のメカニズム
人間は疲れたら眠るわけですが、これは脳が活動していると、脳細胞や脊髄液の中に睡眠誘発物質(アデノシン受容体)が増えてきて、それが睡眠中枢に働きかけることで眠くなるというメカニズムです。
眠気を覚ましたいときによくコーヒーを飲みますが、これはカフェインがアデノシン受容体をブロックするので目が覚めるのです。疲れたら眠るという本来の人間の生理的な現象をカフェインなどで無理やりブロックしてしまうので、本当はコーヒーを飲まない方がその後よく眠れますし、15分でも仮眠をとった方がはるかにスッキリします。
睡眠と覚醒のメカニズムを理解するうえで、睡眠中枢と体内時計の2つの考え方があります。睡眠と覚醒がシーソー(交代現象)でせめぎ合っているというのが今一般によくいわれている理論です。
一九九八年に発見されたオレキシン(ドーパミンと同じ脳内に信号を伝える神経伝達物質)が睡眠に深く関わっていることがわかってきました。
脳には覚醒を司る覚醒中枢と睡眠を司る睡眠中枢があります。オレキシンの分泌が高まり、覚醒中枢が活性化すると、覚醒物質が脳全体に広がり覚醒状態がつくられます。一方、オレキシンの分泌が足りないと覚醒中枢の働きが抑えられ、睡眠中枢の働きが強まります。これにより眠りが誘導されるのです。
オレキシンは脳内の覚醒系の神経細胞群を最終的に束ねていて、オレキシンの分泌が多いと覚醒、少ないと睡眠。このシーソーの傾きを決める大本の物質がオレキシンだったのです。オレキシンという物質によって目覚めたり眠ったりのスイッチが入っていたのです。
※不眠症は、本来は睡眠をとるべきなのに、過剰のオレキシンによって脳が覚醒モードで固定されている状態といえます。
感情を司る大脳辺縁系とオレキシンは密接な関係があって、恐怖や幸福感などの顕著な情動があるとオレキシン系が駆動されて、脳が覚醒モードで固定されます。不眠症のメカニズムを、オレキシンとの関わりで説明すると、患者の脳内では何らかの不安や恐怖などの強い情動が睡眠をとるべきときにもずっと発動していて、その結果として覚醒が固定されてしまっているので眠れないということになります。こうしたことが繰り返し起こっていくと、「眠れない」ことそのものが恐怖の対象になっていきます。端的にいって不眠症とは「眠れない」ことに対する恐怖症なのです。
おわりに
質の良い睡眠をとることは、私たちの体と心を健康に保つ鍵であります。質の良い睡眠をとるには、定期的な運動や規則正しい食生活が大切で、特に朝食は体と心の目覚めに大切です。必要な睡眠時間は人それぞれで、加齢で徐々に短縮していきます。日中に眠気で困らない程度の自然な睡眠が一番です。
鍼治療が質の良い睡眠をもたらすことによって、種々の症状を改善させることは臨床の現場でよく経験されています。
現在、黒野保三先生を中心に東洋医学研究所®・東洋医学研究所グループにおいて、臨床で得られている睡眠に対する鍼治療の効果を、健康チェック表、OSA睡眠調査票MA版、心拍変動解析を用いて、実証医学的に研究が進められています。