WHOが注目する「伝統医学」
鍼灸・漢方・ヨガは、未来の医療にどう活かされるのか
皆さんは「伝統医学」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
漢方。
鍼灸。
アーユルヴェーダ。
ヨガ。
世界には、長い歴史の中で育まれてきた、さまざまな医療の知恵があります。
そして今、WHO、世界保健機関は、
こうした伝統医学を現代医療と組み合わせて活用する取り組みを、
世界規模で進めています。
WHOが示す3つの分類
WHOでは、この分野を大きく3つに分類しています。
まず一つ目が、「伝統医学」です。
これは、それぞれの地域の歴史や文化の中で生まれ、
長い年月をかけて受け継がれてきた医療体系を指します。
自然由来の治療法や、心と身体、
そして環境とのバランスを重視する考え方が特徴です。
二つ目が、「補完医学」です。
これは、その国の主流医療には含まれないものの、
現代医療を補う可能性がある医療を指します。
そして三つ目が、「統合医学」です。
統合医学とは、現代医学と伝統医学・補完医学を、
エビデンスに基づいて組み合わせる学際的なアプローチです。
WHOでは、これらを合わせて「TCIM」と呼んでいます。
TCIMとは、Traditional, Complementary and Integrative Medicine の略で、
日本語では「伝統・補完・統合医療」と訳されます。
WHOはこのTCIMを、人々の健康とウェルビーイングに貢献する
重要な柱の一つとして位置づけています。
WHOの伝統医学戦略とは
WHOは、2025年から2034年までの10年間を対象にした
「伝統医学戦略」を策定しました。
この戦略が掲げる大きなビジョンは、すべての人が、
人を中心としたTCIMに適切にアクセスできる世界を実現することです。
つまり、伝統医学を単に昔からある治療法として残すのではなく、
安全性や有効性を確認しながら、
現代の医療制度の中で適切に活用していくことを目指しています。
戦略の4つの柱
この戦略には、いくつかの重要な柱があります。
まず重視されているのが、科学的な研究やデータの充実です。
伝統医学には長い歴史と経験がありますが、現代社会で広く活用していくためには、
科学的な検証やエビデンスの蓄積が欠かせません。
次に、適切な制度やルールづくりです。
安全で質の高いTCIMを提供するためには、
教育、資格、規制、品質管理などの仕組みを整える必要があります。
さらに、有効性や安全性が確認されたTCIMを、
各国の医療制度の中に適切に取り入れていくことも目標の一つです。
そしてWHOは、TCIMが持つ幅広い価値を活かしながら、
地域社会や人々の健康を支えていくことも大切にしています。
伝統医学の知識と自然資源を守る
伝統医学には、各地域で受け継がれてきた貴重な知識が数多くあります。
薬用植物の使い方。
身体の見方。
生活習慣の整え方。
心と身体を一体として捉える考え方。
こうした知識は、人類にとって大切な財産です。
一方で、薬用植物などの天然資源を無秩序に利用すれば、
環境への負担が大きくなる可能性もあります。
そのためWHOは、伝統医学の知識を守ることと同時に、
天然資源を持続可能な形で活用していくことも重視しています。
世界的に広がるTCIMへの関心
WHOの調査には、179の加盟国が参加し、
伝統医学と補完医学に関する世界的な進捗が報告されています。
また、2024年と2025年には、世界会議やグローバルサミットも開催され、
各国の政策立案者、医療従事者、研究者たちが、
TCIMの未来について活発に議論しました。
近年では、AIを伝統医学へ応用する研究にも注目が集まっています。
伝統医学の経験的な知識を、データやAI技術と組み合わせることで、
新たな研究や臨床応用につながる可能性も期待されています。
伝統医学は「過去の遺産」ではない
伝統医学は、単なる過去の遺産ではありません。
もちろん、長い歴史があるからといって、
すべてがそのまま現代医療に適しているわけではありません。
大切なのは、伝統的な知恵を尊重しながらも、
安全性、有効性、品質について科学的に検証していくことです。
そのうえで、必要なものを現代医療と適切に組み合わせていく。
これが、WHOの進めるTCIMの考え方です。
これからの医療は「対立」ではなく「協調」へ
ここ数年、世界の医療は少しずつ変化しています。
病気だけを見る医療から、生活や心身の状態を含めて、人全体を見る医療へ。
症状だけを抑えるのではなく、健康を維持し、病気を予防し、
よりよく生きることを支える医療へ。
その流れの中で、鍼灸や漢方をはじめとする伝統医学も、改めて注目されています。
これからの医療に必要なのは、現代医学と伝統医学の対立ではありません。
それぞれの強みを活かし、科学的な根拠に基づいて、
患者さん一人ひとりにとってよりよい選択肢を考えていくことです。
伝統医学は、古いものではなく、未来の医療を支える可能性を持った知恵でもあります。
WHOがTCIMの可能性を広げようとしている背景には、
すべての人の健康とウェルビーイングを支えるという大きな目的があります。
鍼灸や伝統医学も、その流れの中で、これからますます重要な役割を担っていくのかもしれません。











