ツボの名前に込められた意味 ― 穴名考入門〈第3回/全4回〉
はじめに
前回の第2回では、星や山、川の流れ、建物、そして動物や植物にちなんだ経穴の名前をご紹介しました。夜空の星々や大地の風景を、古代の人々が人の体に重ね合わせていた様子を感じていただけたのではないでしょうか。
第3回となる今回は、その続きです。道具や器物、体のつくり、そして古典に記されたツボの働きなど、経穴の名前に込められた意味をさらに見ていきます。後半では、経絡の考え方と経穴の名前とのつながりを知るうえで欠かせない五兪穴(ごゆけつ)と、少し珍しい五音(ごいん)にちなむ名前もご紹介します。
以下に動画の原稿も掲載しますので、動画とあわせて、あるいは文章だけでもお読みいただければ幸いです。
経穴の名前に見られる法則(つづき)
前回は、経穴の名前を「天文・星」「地形」「水の流れ」「建物・門・宮殿」「動物や植物」の5つのグループに分けてご紹介しました。今回はそれに続く、6つ目から10番目のグループです。
前回もお伝えしたとおり、分類の仕方は研究者によってさまざまで、ひとつの経穴が複数の分類にまたがることもあります。あくまでも名前の意味を理解するための、ひとつの見方としてお読みください。
6.道具や器物にちなむ名前
古代の人々は、体の形や動きを、暮らしのなかで使う身近な道具にたとえることがありました。
■ 頬車 ― 回る車にたとえた下あご
前回の最後に「なぜ『車』という漢字が使われているのでしょうか」と問いかけた頬車から見ていきましょう。
頬車は、奥歯を噛みしめたときに盛り上がる、咬筋の近くにあるツボです。口を開け閉めするときの下あごの動きを、車が回る様子になぞらえた名前と考えられています。
■ 缺盆 ― ふちの欠けた器
鎖骨の上のくぼみにある缺盆は、「欠けた盆」、つまり、ふちが欠けた器のような形を表しています。鎖骨の上にできるくぼみを、器に見立てたわけです。
体の形を身近な道具にたとえる。そこには、古代の人々のおおらかで具体的なものの見方が表れています。
7.体の構造や場所をそのまま表す名前
7つ目は、体の構造や場所を、そのまま表した名前です。これらは、名前を聞くだけで体のどこにあるのかをイメージしやすい経穴です。
■ 大椎 ― 大きく突き出た椎骨
首の付け根にある大椎は、大きく突き出た椎骨を表しています。首を前に倒したときに、ひときわ目立つ骨の出っ張りを思い浮かべると、名前の由来がよくわかります。
■ 完骨・腕骨 ― 骨の名前がそのまま経穴に
耳の後ろの骨の近くにあるのが完骨、手首の小指側にあるのが腕骨です。どちらも、近くにある骨の名前がそのまま経穴の名前になっています。
8.働きや効能を表す名前
8つ目は、働きや効能を表す名前です。経穴の名前には、古くから考えられてきた働きが込められているものもあります。
■ 睛明・聴宮・迎香 ― 目・耳・鼻の働き
目頭にある睛明は、目を明るくするという意味です。
耳の前にある聴宮は、聴く働きに関わる宮殿。前回ご紹介した「建物・宮殿」の名前と重なる例でもあります。
小鼻の横にある迎香は、香りを迎えるという意味で、鼻の働きとの関係を表しています。
目・耳・鼻という顔の感覚器のそばに、それぞれの働きを表す名前の経穴があるのは興味深いところです。
■ 承泣 ― 涙を受けるところ
目の下にある承泣は、涙を受けるところ。前回の承山と同じく、「承」は受ける、支えるという意味です。目からこぼれる涙を下で受け止める位置を、そのまま名前にしています。
■ 風池 ― 風の邪気が集まる池
首の後ろにある風池は、東洋医学でいう風の邪気(風邪・ふうじゃ)が集まる、池のようなくぼみを表しています。また、風に関係する症状を治める場所という意味も、込められていると考えられています。
このように、経穴の名前には、古代の人々が考えていた働きや役割が表されているのです。なお、風池については次回、名前を構成する漢字をさらに丁寧に読み解いていきます。
9.臓腑や気血にちなむ名前
9つ目は、臓腑や気血にちなんだ名前です。
■ 背部兪穴 ― 臓腑の気が背中に注ぐところ
背中には、肺兪、心兪、肝兪など、臓腑の名前がついた経穴が並んでいます。これらは背部兪穴と呼ばれます。
「兪」という字には、送り届けるという意味があり、臓腑の気が背中に注ぐ場所として考えられてきました。名前を見るだけで、どの臓腑と関係の深い経穴なのかがわかるのも特徴です。
■ 気海・血海 ― 気の海と血の海
下腹部にある気海は、気の海。太ももの内側にある血海は、血の海を意味します。気と血という、東洋医学で体を支える大切なものが、広く深い「海」として表されています。
■ 関元・命門 ― 元気の関所と生命の門
下腹部の関元は、元気の関所。腰にある命門は、生命の門という意味です。
体の根本的な働きに関わると考えられてきた経穴には、それにふさわしい名前がつけられているのです。
10.陰陽や数字、位置関係を表す名前
10番目は、陰陽や数字、位置関係を表した名前です。
■ 三陰交 ― 三つの陰の経絡が交わるところ
三陰交は、足の三つの陰の経絡が交わるところです。その三つとは、脾経・肝経・腎経です。「三」という数字と「陰」、そして「交わる」という漢字の組み合わせが、そのまま経絡どうしの関係を表しています。
■ 陰陵泉・陽陵泉 ― 陰と陽の対
膝の内側にある陰陵泉と、外側にある陽陵泉。この二つは、陰と陽が対になった名前です。体の内側を陰、外側を陽とする東洋医学の考え方が、名前にそのまま表れています。
■ 至陰 ― 陽から陰への切り替わり
足の小指の先にある至陰は、陽の経絡である膀胱経から、陰の経絡である腎経へとつながる場所です。「陰に至る」という名前に、陽から陰への切り替わりが込められているのです。
五兪穴 ― 経絡を流れる気と「水の名前」
ここまで、経穴の名前に見られるさまざまな法則をご紹介しました。では、こうした名前は、経絡の考え方とどのようにつながっているのでしょうか。
ここでぜひ知っておきたいのが、五兪穴という考え方です。
『霊枢』九鍼十二原篇に見る気の流れ
東洋医学の古典『霊枢』の九鍼十二原篇には、経絡を流れる気を、川の流れにたとえた説明があります。手足の末端から肘や膝に向かって、気の流れが次第に大きくなっていく様子を、五つの段階で表しています。
- 井(せい):井戸の「井」と書き、気が湧き出るところを意味します。
- 滎(えい):湧き出た気が、細い流れとなるところです。
- 兪(ゆ):流れが注ぎ込み、勢いを増すところです。
- 経(けい):流れが大きくなり、通り過ぎていくところです。
- 合(ごう):流れが深く入り、合わさるところを表します。
この五つをまとめて、五兪穴と呼びます。
合穴に並ぶ「池・海・沢・泉」
ここで、前回ご紹介した、水にちなんだ経穴の名前を思い出してみてください。
肘の近くにある曲池・少海・尺沢。膝の近くにある曲泉・陰陵泉。
これらは、いずれも五兪穴のなかの合穴にあたります。そして名前にも、池、海、沢、泉といった、水に関係する漢字が使われています。
小さな泉から始まった流れが、やがて大きな川となり、池や海へと注いでいく。経穴の名前を並べてみると、古代の人々が思い描いた、体の中の川の姿が浮かび上がってくるのです。
五音にちなむ名前 ― 少商と商陽
最後に、もう一つ、興味深い名前の法則をご紹介します。それが、五音にちなんだ名前です。
五音と五行
五音とは、古代中国で使われていた、五つの音の分類です。宮・商・角・徴・羽の五つがあり、それぞれが五行と結びつけられてきました。
このうち、商という音は、五行の金に配当されます。そして、五行で金に属する臓腑は、肺と大腸です。
肺経と大腸経をつなぐ「商」の字
ここで、肺経と大腸経の経穴を見てみましょう。
肺経の最後にある経穴は少商。大腸経の最初にある経穴は商陽です。どちらにも、「商」という漢字が使われています。
肺経と大腸経は、東洋医学では表と裏の関係にあると考えられています。その二つの経絡のつながりを、五行の金に配当される「商」という音から読み解くこともできるのです。
まるで、肺から大腸へと気が受け渡されるところに、金の音が響いているようです。
おわりに
こうして見てみると、経穴の名前は、単なる体の場所を示す記号ではないことがわかります。そこには、自然の姿や体の構造、臓腑の働き、そして古代中国の思想が重ね合わされています。
前回と今回で、経穴の名前に見られる10のグループ、そして五兪穴や五音とのつながりをご紹介しました。名前の背景を知ると、一つひとつの経穴が、ぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。
しかし、一つひとつの名前には、どのような意味が込められているのでしょうか。また、その解釈は、一つだけなのでしょうか。
次回の最終回、第4回では、首の後ろにある風池という経穴を例に、名前を構成する漢字を丁寧に読み解きながら、穴名考の奥深さをご紹介します。ぜひ続けてご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。











