難経第23難とは?気血が十二経脈を巡る考え方をわかりやすく解説
私たちの体の中では、血液や酸素、栄養など、さまざまなものが絶えず巡っています。
では、およそ二千年前の東洋医学では、人の体をどのように捉えていたのでしょうか。
『難経』第二十三難には、とても興味深い身体観が示されています。
それは、
「体の中には全身をつなぐ経脈があり、その中を気血が絶えず巡っている」
という考え方です。
今回は、『難経』第二十三難に書かれている経脈の長さ、気血の巡り、
そして脈診との関係について、できるだけわかりやすく解説します。
経脈の長さは「十六丈二尺」
第二十三難では、まず経脈にはそれぞれ長さがあり、
それらを合わせると「十六丈二尺」になると説明されています。
もちろん、これは現代医学で血管や神経を実際に測った長さという意味ではありません。
古代中国医学では、身体のすみずみまで経脈がつながり、
全身が一つの大きなネットワークとして機能していると考えられていました。
つまり「十六丈二尺」という記述からは、古代の医家たちが人体を、
部分ごとに独立したものではなく、
全身がつながり合うものとして捉えていたことがうかがえます。
気血の巡りは「中焦」から始まる
第二十三難で特に興味深いのが、気血の巡りは「中焦」から始まると考えられていることです。
中焦とは、東洋医学で胃や脾など、飲食物の消化吸収と深く関係する領域です。
古代中国医学では、私たちが食べたり飲んだりしたものから得られたものが、
体を養う「気」や「血」となり、全身へ巡っていくと考えました。
つまり、
「食べることによって生命を養い、そこから生まれた気血が全身を巡る」
という生命観があったのです。
気血は十二経脈を順番に巡る
中焦を起点とした気血は、十二経脈を順番に巡ると考えられています。
その流れは、
手の太陰肺経
↓
手の陽明大腸経
↓
足の陽明胃経
↓
足の太陰脾経
↓
手の少陰心経
↓
手の太陽小腸経
↓
足の太陽膀胱経
↓
足の少陰腎経
↓
手の厥陰心包経
↓
手の少陽三焦経
↓
足の少陽胆経
↓
足の厥陰肝経
と巡り、再び肺経へとつながっていきます。
つまり、気血は一直線に流れて終わるのではありません。
十二経脈を巡りながら、再び最初へ戻ってくる循環として考えられているのです。
「環の端なきが如し」とは
この絶え間ない巡りを、古典では
「環の端なきが如し」
と表現します。
「環」とは輪のことです。
輪には始まりも終わりもありません。
同じように、気血も体の中を絶えず循環し続けるという考え方です。
この表現は、東洋医学における経脈の考え方を非常によく表しています。
人体を一本の道として考えるのではなく、
全身を巡り続ける「循環するネットワーク」として捉えているのです。
なぜ手首の脈から全身の状態がわかるのか
第二十三難には、気血の巡りだけでなく、
「脈を診て全身の状態を知る」という考え方も示されています。
経脈を巡っている気血の状態は、体表の脈にも現れると考えられていました。
特に重要とされたのが、
「寸口」と「人迎」
です。
寸口は手首の橈骨動脈付近にあたり、現在の東洋医学でも脈診を行う代表的な場所です。
人迎は首にある経穴で、頸動脈の拍動を触れることができる場所です。
古代の医家たちは、こうした脈を診ることで、
・気血がどのように巡っているのか
・どの経脈に変化があるのか
・全身がどのような状態なのか
を読み取ろうとしました。
脈診は単に脈拍数を測るものではない
現代では脈を診るというと、
「1分間に何回打っているか」を測ることをイメージする方が多いかもしれません。
しかし東洋医学の脈診は、単に脈拍数を数えるものではありません。
脈の速さだけでなく、
・強いか弱いか
・浅いところで触れるか、深いところで触れるか
・滑らかか
・緊張しているか
など、さまざまな特徴を確認します。
そして、それらを全身の気血や臓腑、経脈の状態と結びつけて考えていきます。
第二十三難の背景には、
「全身を巡っているものだからこそ、一部分の脈を診ることで全身を知ることができる」
という考え方があるのです。
第二十三難に出てくる「終始」とは
第二十三難では、「終始」という言葉も重要な意味を持っています。
気血が巡り、経脈の働きが保たれている状態。
そして、その巡りが衰え、脈気が絶えていく状態。
古代中国医学では、経脈を巡る気血と生命活動そのものを深く結びつけて考えていました。
つまり、経脈の巡りは単なる体内の流れではなく、
「生命が保たれていること」と関係する重要なものとして捉えられていたのです。
第二十三難は経脈の長さだけを説明した篇ではない
第二十三難というと、「経脈の長さが十六丈二尺」といった数字が印象に残るかもしれません。
しかし、この篇が伝えているのは、それだけではありません。
飲食物から得られたものをもとに気血がつくられ、中焦を起点として全身へ巡る。
その気血は十二経脈を順番に通り、終わることなく循環する。
そして、その巡りの状態を脈から読み取る。
こうした一連の考え方を通して、
古代中国医学が人の身体をどのように捉えていたのかを示しているのです。
まとめ
『難経』第二十三難では、経脈の長さや気血の巡り、
そして脈診との関係が説明されています。
大切なポイントは、
「人は食によって養われ、そこから得られた気血が経脈を巡り、その巡りが脈に現れる」
という考え方です。
気血は中焦を起点として十二経脈を巡り、再び肺経へと戻ります。
その様子を古典では、
「環の端なきが如し」
と表現しました。
始まりも終わりもない輪のように、気血は全身を巡り続ける。
第二十三難には、人体を一つのつながった生命活動として捉えようとした、
古代中国医学の身体観がよく表れています。
『難経』を読み進めていくと、経穴や経脈を単独で覚えるだけでは見えてこない、
東洋医学全体のつながりが少しずつ見えてきます。











