過敏性腸症候群に対する鍼治療の一症例
こんにちは。井島鍼灸院です。
今回は、過敏性腸症候群に対する鍼治療の1症例をご紹介します。
命に関わることはありませんが、症状が長く続くと、生活の質(QOL)を大きく下げてしまう病気です。
◆過敏性腸症候群ってどんな病気?
過敏性腸症候群は、炎症や腫瘍のような器質的な異常はないのに、
- お腹が痛くなる
- お腹が張る
- 便秘や下痢
といった症状が長く続く病気です。
命に関わることはほとんどありませんが、学校や仕事に集中できなくなったり、生活に支障が出たりします。特に思春期の若者に多く、ストレスが症状を悪化させることも知られています。
◆今回の患者さん
進学校に通う高校2年生の男子。
大学受験が近づくにつれ少しずつプレッシャーを感じるようになりました。
その頃から便秘気味になり、お腹にガスがたまるようになったそうです。
ときにはガスが漏れたり、お腹が鳴ってしまうこともあり、人に話すのが恥ずかしく、朝ごはんや昼食を減らしたり、ヨーグルトを食べたりと自分で工夫していました。
しかし高校3年生の新学期を迎えるころには、授業中にお腹が痛くなり、
「また鳴るかもしれない」と思うと胸がドキドキして汗が止まらなくなるように。
6月ごろには教室で座っているだけでもつらくなり、両親に相談。病院で「過敏性腸症候群」と診断を受けました。
薬を飲んでも改善せず、複数の病院を回って薬を変えても症状は安定せず。
学校に行こうとすると胸が締めつけられるように苦しくなり、体が動かなくなる日もありました。
心療内科で安定剤を処方されましたが、服用に抵抗があり通院は続けられませんでした。
担任の先生に相談して席を一番後ろに変えてもらったものの、6月の終わりには学校に行けない状態に。それでも「このままでは終わりたくない」と家で勉強を続けながら、少しでも体を整えたいと願っていました。
◆鍼治療を受けるきっかけ
そんなとき、インターネットで鍼灸のことを知り、「これなら何か変えられるかもしれない」と希望を感じ、勇気を出して井島鍼灸院に来院されました。
◆初診時の所見
初診時、患者さんは「お腹にガスが溜まって漏れてしまう」「大きな音でお腹が鳴る」といった悩みを抱えていました。
授業中もお腹の張りや痛みが気になり、常に緊張した状態が続いていました。
体の状態を確認すると、お腹全体が硬く、背中や首のあたりにも強い張りがありました。
顔色も少し黄色みがかり、体全体のエネルギーが消耗している印象でした。
症状のつらさを示すために「NRS」という方法を使用。
0を「まったく症状がない」、10を「これまでで一番つらい状態」として自己評価してもらうものです。
今回の患者さんは「9」と回答。日常生活にも大きな支障が出るほど苦しい状態でした。
◆鍼治療の方針
井島鍼灸院では、次の2つを目標に治療しました。
① 生体制御療法
黒野式全身調整基本穴13カ所を刺激し、体のバランスを整え、自律神経や消化管の働きを安定させます。
② 局所療法
お腹の症状を和らげるツボ(合谷、百会、膻中)に鍼を行います。
筋膜への刺激は軽めにして、体に負担をかけないようにしました。
生活面では、早寝早起きで生活リズムを整える、脂っこいものや刺激物を控える、といったアドバイスも行いました。
◆治療経過
治療は夏休み期間を中心に43回行いました。
- 8回目 → NRS 7:症状の回数が少し減少
- 15回目 → NRS 6:お腹の不快感がさらに楽に
- 22回目 → NRS 5:症状は半分くらいに減るが、学校復帰はまだ難しい
- 40回目 → NRS 4:自習室で学習を続けながら卒業可能とわかり、精神的にも安定
治療を重ねるうちに、お腹の張りや緊張がやわらぎ、顔の表情にも落ち着きが戻りました。
最終43回目の治療では、腹痛はすっかり消え、お腹のガスや音も以前の半分以下に改善。食欲も戻り、体力も回復しました。
現在では、笑顔で日々を過ごせるようになっています。
◆考察
過敏性腸症候群は、腹痛やお腹の張り、便秘や下痢などの症状が続く病気です。
命に関わることはほとんどありませんが、症状が長引くと日常生活に大きな影響を与えます。
ストレスや不安などで体の調整機能が乱れると症状が悪化します。
症状は便秘型、下痢型、混合型などに分かれます。原因としては以下が考えられています。
- 腸の動きがうまくいかないこと
- 腸が刺激に敏感になっていること
- 緊張や不安など心理的ストレス
- 食べ物に対する体の反応の異常
今回の患者さんは、大学受験のストレスが大きな原因でした。
お腹にガスが溜まる、お腹から大きな音が出るという症状があると、授業中に緊張してさらに症状が出る。
その結果、動悸や発汗などの緊張による体の反応まで起こっていました。
悪循環を断つために、体全体のバランスを整える根本治療と、お腹の症状を直接改善する局所治療を組み合わせました。その結果、初診時9だった症状が最終的には4まで改善。薬もほとんど使わず、鍼治療だけで改善した可能性が高いと考えられます。
過敏性腸症候群は腸だけでなく、脳や神経系も関わる病気です。鍼治療によって体全体のバランスが整うと、腸の動きが安定し、緊張や不安も和らぎ、自律神経の働きも改善。症状を悪化させる複数の要素が改善されると考えられます。
病院では決定的な治療法がなく、薬を順番に試すしかありません。その点、鍼治療は副作用も少なく、安全に症状を和らげる方法として注目されています。
今回の症例は、学校に通えないほどの状態から症状が大幅に軽減し、卒業の見通しが立つまで回復。過敏性腸症候群の患者に鍼治療が有益となり得る可能性を示す症例の一つです。
すべての症例が劇的に改善するわけではありませんが、長年の経験や国内外の研究論文からも、過敏性腸症候群に対して鍼治療は有効だと考えられます。
今回の症例報告が、同じような症状で悩む方の参考になれば幸いです。











