今から40年以上前。
師匠の黒野保三先生と研究チームは、脈診に関するとても貴重な研究を全日本鍼灸学会で発表していました。
201名の脈をセンサーで記録しそのデータをフーリエ解析で細かく調べたところ、浮、沈、滑、しょく、遅、数。
この六つの脈が波形としてはっきり区別できることが分かったのです。
さらに虚証と実証の違いまでも数値として表れました。
長く「感覚的」と言われてきた脈診に、科学的な裏づけが示された瞬間でした。
そして時代は進み、今度はアメリカのペンシルベニア州立大学で脈診に着想を得た新しい脈診デバイスが開発されました。
この研究は2024年9月、学術誌「アドバンスト・マテリアルズ」に発表された最新成果です。
まずなぜこのデバイスが必要とされたのか。
脈は人によって大きく違うだけでなく。
同じ人でも時間帯、活動、ストレスなどで大きく変化します。
そのため、今のウェアラブル機器では正確な脈のデータを取ることが難しいという問題がありました。
研究チームが参考にしたのが伝統中医学の脈診です。
中医学では、手首の、寸、関、尺。
この三つの位置に指を置き。
指の圧力を変えながら浅い脈、中くらいの脈、深い脈。
この3つを読み取ります。
位置と深さを組み合わせて多くの情報をつかむ方法です。
研究チームはこの考え方を、最新のテクノロジーで再現しました。
最初のポイントはスリーディープリントで作られたセンサーアレイです。
これは、手首の複数の場所に触れ浅い層と深い層の両方から脈のデータを拾える仕組みです。
次のポイントは自己適応型の圧力システムです。
デバイスはリストバンドのように装着すると、自動で圧力を調整し最適な脈の信号を見つけ出します。
まるで人が指で脈を診ているように圧の強弱を調整してくれます。
さらにこのセンサーアレイは脈の動きを、時間、位置、深さの三つの軸で記録し。
立体的な「スリーディー脈波マップ」を作ります。
ここに機械学習、いわゆるAIを組み合わせるとさらに面白いことができます。
集めたスリーディー脈データから。
収縮期血圧、拡張期血圧、平均動脈血圧。
こうした重要な数値を予測できるようになりました。
脈を測るだけで血圧まで推定できる可能性が開かれています。
研究チームは複数の被験者に協力してもらい、長期間の測定を行いました。
その結果、このデバイスが安定して高精度のデータを提供できることが確認されています。
この研究はペンシルベニア州立大学の チェン准教授。
そして、中国の厦門大学の研究者たちによる、国際共同プロジェクトです。
脈診を機械化し、標準化しようとする取り組みは、今まさに世界中で加速しています。
40年以上前に日本で始まった挑戦を思うと、いま世界が大きく動き始めているこの流れの中で、私たち日本の臨床家や研究者にも、担うべき役割があると感じます。
伝統を守るだけではなく、その価値を見つめ直し、未来へつなぐために何ができるのか。
いま、その問いが静かに、しかし確かに、私たちに向けて投げかけられています。
先人が残した探究の灯を、次の世代へと渡していくために――。
その一歩を、いま踏み出す時なのかもしれません。











