井島鍼灸院ブログ

2026.07.30更新

救急外来で鍼治療?

アメリカの大学病院で進む、急性痛への新しいアプローチ

「救急外来で、鍼治療」

そう聞くと、少し意外に感じる方も多いかもしれません。

救急外来といえば、強い痛みや突然の体調不良に対して、
検査や薬、処置が行われる現代医療の最前線です。

そのような場所で、鍼治療が研究されていると聞くと、驚かれる方もいるでしょう。

しかし実際に、アメリカの大学病院では、急性の痛みに対する新しい選択肢として、
鍼治療を用いた大規模な臨床研究が行われています。

今回は、イギリスの英国鍼医学会、
British Medical Acupuncture Society のブログで紹介された
「救急外来での鍼治療」についてご紹介します。

「Acupuncture in the ED」とは

今回紹介されたテーマは、
**“Acupuncture in the ED 2026”**
です。

EDとは、Emergency Department の略で、日本語では「救急外来」を意味します。

つまり、Acupuncture in the ED とは、「救急外来での鍼治療」という意味です。

一見すると意外な組み合わせですが、
今、アメリカでは急性の痛みに対する薬以外の選択肢として、
鍼治療への関心が高まっています。

デューク大学病院で行われた大規模研究

今回紹介された研究は、
アメリカのデューク大学病院で行われた大規模なランダム化比較試験です。

対象となったのは、急性の筋骨格系の痛みによって救急外来を受診した患者さんです。

具体的には、次のような症状が含まれます。

腰痛。
首の痛み。
肩の痛み。
関節の痛み。

いわゆる、運動器の急性痛です。

参加者は、通常治療のみを受けるグループと、
通常治療に加えて鍼治療を受けるグループに分けられました。

さらに鍼治療の方法も、2種類に分けて検討されました。

一つは、耳に小さな鍼を貼る「耳鍼」です。
もう一つは、手足や頭頚部に行う、一般的な鍼治療です。

1時間後の痛みに変化が見られた

研究結果で特に興味深いのは、治療から1時間後の評価です。

どちらの鍼治療グループでも、
痛みが臨床的に意味のあるレベルで軽減したと報告されています。

さらに、耳鍼と一般的な鍼治療の間に、大きな差は見られませんでした。

これは、比較的シンプルに行える耳鍼でも、
急性痛に対して効果が期待できる可能性を示しています。

救急外来という限られた時間と環境の中では、
短時間で行いやすい治療法であることも重要です。

その意味でも、耳鍼が検討されている点は非常に興味深いところです。

継続治療の重要性も示唆

この研究では、鍼治療を受けた患者さんに対して、
1か月間のフォロー治療も提案されました。

しかし実際には、仕事や時間の都合などにより、継続して通院できた人は少数でした。

そのため全体として見ると、1か月後の痛みスコアには大きな差は出ませんでした。

一方で、6回以上しっかり通院できた患者さんでは、
痛みの改善率が66%だったと報告されています。

十分な治療を受けられなかったグループでは、改善率は44%でした。

研究者たちは、この結果について「正式に計画された解析ではないため、
慎重に解釈すべき」としています。

それでも、痛みの改善には、1回だけの治療ではなく、
一定期間の継続治療が重要である可能性を感じさせる結果です。

なぜ救急医療で鍼治療が注目されるのか

今回の研究で特に注目したいのは、鍼治療が単なる代替医療としてではなく、
救急医療の現場で現実的に使えるかどうか、という視点で検討されていることです。

アメリカでは、オピオイド系鎮痛薬の問題が長年にわたって大きな社会問題となっています。

強い痛みに対して薬が必要な場面はもちろんあります。

しかし、薬だけに頼らない痛みの管理方法を広げていくことも、今後の医療では重要な課題です。

その中で、鍼治療は、急性痛に対する補助的な選択肢として注目されています。

鍼治療は薬の代わりではなく、選択肢を広げるもの

もちろん、鍼治療だけですべての痛みが解決するわけではありません。

救急外来では、骨折、感染症、内臓疾患、神経障害など、
早急な診断や処置が必要な痛みもあります。

そのため、鍼治療は現代医療と対立するものではなく、
必要な検査や治療を行ったうえで、痛みを和らげる一つの選択肢として考えることが大切です。

急性の筋骨格系の痛みに対して、身体の調整機能を引き出しながら痛みを軽減する。

そのような視点は、これからの痛み治療において、さらに重要になっていくかもしれません。

2000年以上続く鍼治療が、救急医療の現場へ

鍼治療は、2000年以上の歴史を持つ伝統医学です。

その一方で、現代では、大学病院や研究機関で科学的な検証が進められています。

今回のように、救急外来という最先端の医療現場で鍼治療が研究されていることは、
とても興味深い流れです。

古くから受け継がれてきた治療法が、現代医学の中でどのように役立つのか。

そして、薬だけに頼らない痛みのケアとして、どのような可能性があるのか。

今後も、海外の最新研究や鍼灸を取り巻く世界の動きを、わかりやすくご紹介していきたいと思います。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.29更新

WHOが注目する「伝統医学」

鍼灸・漢方・ヨガは、未来の医療にどう活かされるのか

皆さんは「伝統医学」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。

漢方。
鍼灸。
アーユルヴェーダ。
ヨガ。

世界には、長い歴史の中で育まれてきた、さまざまな医療の知恵があります。

そして今、WHO、世界保健機関は、
こうした伝統医学を現代医療と組み合わせて活用する取り組みを、
世界規模で進めています。

WHOが示す3つの分類

WHOでは、この分野を大きく3つに分類しています。

まず一つ目が、「伝統医学」です。

これは、それぞれの地域の歴史や文化の中で生まれ、
長い年月をかけて受け継がれてきた医療体系を指します。

自然由来の治療法や、心と身体、
そして環境とのバランスを重視する考え方が特徴です。

二つ目が、「補完医学」です。

これは、その国の主流医療には含まれないものの、
現代医療を補う可能性がある医療を指します。

そして三つ目が、「統合医学」です。

統合医学とは、現代医学と伝統医学・補完医学を、
エビデンスに基づいて組み合わせる学際的なアプローチです。

WHOでは、これらを合わせて「TCIM」と呼んでいます。

TCIMとは、Traditional, Complementary and Integrative Medicine の略で、
日本語では「伝統・補完・統合医療」と訳されます。

WHOはこのTCIMを、人々の健康とウェルビーイングに貢献する
重要な柱の一つとして位置づけています。

WHOの伝統医学戦略とは

WHOは、2025年から2034年までの10年間を対象にした
「伝統医学戦略」を策定しました。

この戦略が掲げる大きなビジョンは、すべての人が、
人を中心としたTCIMに適切にアクセスできる世界を実現することです。

つまり、伝統医学を単に昔からある治療法として残すのではなく、
安全性や有効性を確認しながら、
現代の医療制度の中で適切に活用していくことを目指しています。

戦略の4つの柱

この戦略には、いくつかの重要な柱があります。

まず重視されているのが、科学的な研究やデータの充実です。

伝統医学には長い歴史と経験がありますが、現代社会で広く活用していくためには、
科学的な検証やエビデンスの蓄積が欠かせません。

次に、適切な制度やルールづくりです。

安全で質の高いTCIMを提供するためには、
教育、資格、規制、品質管理などの仕組みを整える必要があります。

さらに、有効性や安全性が確認されたTCIMを、
各国の医療制度の中に適切に取り入れていくことも目標の一つです。

そしてWHOは、TCIMが持つ幅広い価値を活かしながら、
地域社会や人々の健康を支えていくことも大切にしています。

伝統医学の知識と自然資源を守る

伝統医学には、各地域で受け継がれてきた貴重な知識が数多くあります。

薬用植物の使い方。
身体の見方。
生活習慣の整え方。
心と身体を一体として捉える考え方。

こうした知識は、人類にとって大切な財産です。

一方で、薬用植物などの天然資源を無秩序に利用すれば、
環境への負担が大きくなる可能性もあります。

そのためWHOは、伝統医学の知識を守ることと同時に、
天然資源を持続可能な形で活用していくことも重視しています。

世界的に広がるTCIMへの関心

WHOの調査には、179の加盟国が参加し、
伝統医学と補完医学に関する世界的な進捗が報告されています。

また、2024年と2025年には、世界会議やグローバルサミットも開催され、
各国の政策立案者、医療従事者、研究者たちが、
TCIMの未来について活発に議論しました。

近年では、AIを伝統医学へ応用する研究にも注目が集まっています。

伝統医学の経験的な知識を、データやAI技術と組み合わせることで、
新たな研究や臨床応用につながる可能性も期待されています。

伝統医学は「過去の遺産」ではない

伝統医学は、単なる過去の遺産ではありません。

もちろん、長い歴史があるからといって、
すべてがそのまま現代医療に適しているわけではありません。

大切なのは、伝統的な知恵を尊重しながらも、
安全性、有効性、品質について科学的に検証していくことです。

そのうえで、必要なものを現代医療と適切に組み合わせていく。

これが、WHOの進めるTCIMの考え方です。

これからの医療は「対立」ではなく「協調」へ

ここ数年、世界の医療は少しずつ変化しています。

病気だけを見る医療から、生活や心身の状態を含めて、人全体を見る医療へ。

症状だけを抑えるのではなく、健康を維持し、病気を予防し、
よりよく生きることを支える医療へ。

その流れの中で、鍼灸や漢方をはじめとする伝統医学も、改めて注目されています。

これからの医療に必要なのは、現代医学と伝統医学の対立ではありません。

それぞれの強みを活かし、科学的な根拠に基づいて、
患者さん一人ひとりにとってよりよい選択肢を考えていくことです。

伝統医学は、古いものではなく、未来の医療を支える可能性を持った知恵でもあります。

WHOがTCIMの可能性を広げようとしている背景には、
すべての人の健康とウェルビーイングを支えるという大きな目的があります。

鍼灸や伝統医学も、その流れの中で、これからますます重要な役割を担っていくのかもしれません。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.27更新

2000年以上前の東洋医学が説明していた「眠れない理由」

― 黄帝内経・霊枢「邪客篇」にみる不眠と自律神経 ―

「なぜ人は眠れなくなるのか」

この問いについて、東洋医学は2000年以上前から独自の考え方を示していました。

その代表的な内容が記されているのが、
『黄帝内経・霊枢』第71篇にあたる「邪客篇」です。

邪客篇は、不眠、ストレス、自律神経の乱れを考えるうえで、
とても重要な篇のひとつです。

「邪客」とは何か

まず、「邪客」という言葉を見てみましょう。

「邪」とは、身体の調和を乱すもの。
「客」とは、外からやってくるもの。

つまり邪客とは、本来そこにあるべきではない刺激や影響が、
外から身体に入り込むような状態を表しています。

東洋医学でいう「邪」は、風・寒・暑・湿・燥・火といった
外邪だけを指すものではありません。

ストレス、過労、不安、慢性的な緊張、痛み、神経の興奮なども、
身体の調和を乱すものとして考えることができます。

人は常に外界の影響を受けながら生きています。

そのため古人は、身体のバランスを乱すものを
「外からやってくる客人」として表現したのです。

邪客篇にみる不眠の理論

邪客篇で特に有名なのが、不眠に関する考え方です。

古典には、次のような内容が記されています。

「衛気が陰へ入れず、陽に留まり続けると、
目を閉じることができなくなる」

東洋医学では、昼は「陽」の時間です。
活動し、動き、外界に反応する時間です。

一方、夜は「陰」の時間です。
休息し、回復し、身体を静める時間です。

昼間、衛気は体表を巡り、人は活動します。

しかし夜になっても、衛気が陰に入れないと、
身体は興奮状態のままとなります。

本来なら休息モードに切り替わるはずの身体が、
活動モードのままになってしまう。

これが、邪客篇における不眠の考え方です。

現代でいう「交感神経の過緊張」に近い状態

この考え方は、現代的に見ると、交感神経の過緊張や脳の過覚醒に非常によく似ています。

寝ようとしても頭が冴えてしまう。
考え事が止まらない。
身体は疲れているのに眠れない。
夜になると不安が強くなる。

このような状態は、まさに身体が休息モードに切り替わらず、
活動モードのままになっている状態といえます。

邪客篇では、こうした状態を「衛気が陽に留まっている」と表現しました。

2000年以上前の医学書が、現代でいう自律神経の切り替えに近い考え方を示していたことは、
とても興味深い点です。

「心は邪を直接受けない」という考え方

さらに邪客篇で興味深いのが、「心は邪を直接受けない」という考え方です。

東洋医学において、心は精神活動の中心とされています。

心は、生命や精神をつかさどる非常に重要な場所であり、
簡単に傷つけられてはならないものと考えられていました。

もし邪が心を直接傷つければ、命に関わる。

そのため東洋医学では、心を守るために、
外側にある「心包絡」が邪を受け止めると考えました。

心包絡は、心を守る防御システムのような存在です。

現代的に見ると、この発想は、脳を守る仕組みにも重ねて考えることができます。

例えば、頭蓋骨。
血液脳関門。
自律神経による防御反応。

もちろん、東洋医学の「心」と現代医学の「脳」はまったく同じものではありません。

しかし、「精神活動の中枢は強固に守られている」という発想が、
古代の医学にすでに存在していたことは注目すべき点です。

半夏秫米湯と「胃腸から眠りを整える」考え方

邪客篇には、不眠に用いられる代表的な処方として
「半夏秫米湯(はんげじゅつべいとう)」も登場します。

これは、胃腸の働きを整えることで眠りを改善するという考え方に基づいた処方です。

現代的にいえば、脳腸相関に近い発想といえるかもしれません。

脳と腸は、自律神経やホルモン、免疫などを通じて深く関わっています。

ストレスが続くと胃腸の調子が乱れる。
胃腸の不調が続くと、眠りが浅くなる。
お腹の不快感があると、夜中に目が覚めやすくなる。

このような経験をされた方も少なくないと思います。

邪客篇は、睡眠を「脳だけの問題」として見ていたわけではありません。

身体、精神、自律神経、昼夜のリズム、胃腸、外界からの刺激。

それら全体のバランスとして、眠りを捉えていたのです。

睡眠を全身のバランスとして考える

不眠というと、現代では「脳の興奮」や
「ストレス」の問題として考えられることが多いです。

もちろん、それも大切な視点です。

しかし東洋医学では、もう少し広く身体全体を見ます。

呼吸は浅くなっていないか。
胃腸は乱れていないか。
冷えやのぼせはないか。
昼夜のリズムは崩れていないか。
緊張が抜けない状態が続いていないか。

このように、眠れない背景にある全身の状態を丁寧に見ていきます。

邪客篇の不眠理論は、まさにその原点ともいえる内容です。

まとめ

『黄帝内経・霊枢』の邪客篇は、2000年以上前に書かれた古典でありながら、
不眠やストレス、自律神経の乱れを考えるうえで、
今なお示唆に富んだ内容を含んでいます。

衛気が陰に入れず、陽に留まる。
身体が休息モードに切り替わらない。
心は直接邪を受けず、心包絡が守る。
胃腸を整えることで眠りを整える。

これらの考え方は、現代の睡眠研究や自律神経、
脳腸相関の考え方とも重なる部分があります。

邪客篇は、東洋医学が睡眠を単なる「眠れない症状」としてではなく、
身体と心、そして環境との関係性の中で捉えていたことを教えてくれます。

2000年以上前の医学書が、現代にも通じる不眠の本質を語っている。

そこに、東洋医学の奥深さがあるのかもしれません。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.25更新

鍼治療はアルツハイマー病に役立つ可能性があるのか
カリフォルニア大学アーバイン校医学部の研究から

今回は、アメリカの名門、カリフォルニア大学アーバイン校 医学部から発表された、
非常に興味深い研究をご紹介します。

テーマは、

「鍼治療はアルツハイマー病に役立つ可能性があるのか」

というものです。

2026年、カリフォルニア大学アーバイン校医学部の研究チームは、
アルツハイマー病モデルのマウス研究をまとめた、
大規模なメタ分析とシステマティックレビューを発表しました。

アルツハイマー病は、認知症の代表的な病気であり、
記憶障害や判断力の低下などを引き起こします。

現在、アルツハイマー病を根本的に治す治療法はまだ確立されておらず、
世界的にも大きな課題となっています。

29本の動物実験を解析

今回の研究では、2014年から2025年までに行われた、
29本の動物実験が解析されました。

対象となったのは、アルツハイマー病モデルのマウス研究です。

その結果、電気鍼を中心とした鍼刺激によって、
いくつかの重要な変化が確認されました。

記憶や学習能力の改善

まず注目されたのは、記憶や学習能力の改善です。

アルツハイマー病モデルのマウスでは、
迷路試験などで認知機能の低下が確認されます。

しかし、鍼刺激を行ったマウスでは、
学習成績や記憶力が改善する傾向が見られたと報告されています。

これは、鍼刺激が単に体の痛みやこわばりに関係するだけでなく、
脳の認知機能にも何らかの影響を与える可能性を示す結果です。

アミロイドβやリン酸化タウへの影響

さらに注目されたのが、脳内の異常タンパク質への影響です。

アルツハイマー病では、アミロイドβやリン酸化タウと呼ばれる異常タンパク質が脳内に蓄積し、
神経細胞を傷つけると考えられています。

今回の解析では、鍼刺激によって、
これらの異常タンパク質の蓄積が減少する可能性が示されました。

もちろん、これはマウスを対象とした研究であり、
そのまま人間に当てはめることはできません。

しかし、アルツハイマー病の病態に関わる重要な要素に対して、
鍼刺激が影響を与える可能性が示された点は、非常に興味深いところです。

脳の慢性炎症を抑える可能性

近年、アルツハイマー病では、脳の慢性炎症が重要視されています。

脳の中には、ミクログリアやアストロサイトと呼ばれる免疫に関わる細胞があります。

これらは本来、脳を守るために働く細胞ですが、過剰に活性化すると、
炎症反応が続き、神経細胞に悪影響を及ぼす可能性があります。

今回の研究では、鍼刺激がこうした脳内の免疫細胞の過剰な活性化にも影響を与え、
炎症反応を抑える可能性があると考えられています。

つまり鍼は、単に症状を一時的に和らげるだけでなく、
脳の環境そのものに働きかける可能性があるということです。

脳のエネルギー代謝や神経ネットワークへの影響

研究チームはさらに、鍼刺激が脳のエネルギー代謝や、
神経細胞同士の情報伝達にも影響する可能性を指摘しています。

アルツハイマー病では、脳の神経ネットワークがうまく働かなくなり、
記憶を整理したり、新しい情報を保持したりする力が低下していきます。

特に、記憶に深く関わる海馬という部位の働きは、
アルツハイマー病において非常に重要です。

今回の解析では、鍼刺激によって、
海馬の働きやシナプス機能が保護される可能性も報告されていました。

シナプスとは、神経細胞同士が情報をやり取りする接続部分です。

この働きが保たれることは、記憶や学習能力を支えるうえで重要です。

つまり鍼刺激は、炎症を抑えるだけでなく、
脳そのものの働きを支える方向にも作用している可能性があるのです。

百会穴が有力なターゲットとして注目

今回の研究では、特に百会穴が有力なターゲットとして挙げられていました。

百会は、頭のてっぺんにある代表的なツボです。

東洋医学では、古くから頭部や精神活動、
自律神経の調整などに関係する重要なツボとして用いられてきました。

アルツハイマー病のように、脳の機能や神経ネットワークが関係する病態において、
百会が注目されている点は、東洋医学の視点から見ても非常に興味深いところです。

まだ人間で効果が確立したわけではない

ここで大切なのは、今回の研究は主にマウスを対象とした前臨床研究であるという点です。

つまり、現時点で、

「鍼がアルツハイマー病を治す」

と断言できる段階ではありません。

動物実験で有望な結果が出たとしても、
それが人間に同じように当てはまるとは限りません。

今後は、人を対象とした臨床研究によって、
安全性や有効性がさらに検証される必要があります。

鍼治療が脳に多面的に作用する可能性

一方で、今回の研究は非常に重要な示唆を与えてくれます。

それは、鍼刺激が、

認知機能
脳の炎症
異常タンパク質の蓄積
神経細胞の保護
シナプス機能
脳のエネルギー代謝

といった複数の側面に関わる可能性があるということです。

アルツハイマー病は、ひとつの原因だけで起こる病気ではありません。

脳の炎症、神経細胞の障害、異常タンパク質の蓄積、血流や代謝の問題など、
さまざまな要因が複雑に関わっています。

そのため、鍼刺激が多面的に作用する可能性があるという点は、
今後の研究において大きな意味を持つかもしれません。

東洋医学の身体観と現代神経科学

東洋医学では昔から、身体を部分ではなく全体として捉えてきました。

脳だけを見るのではなく、全身の気血の巡り、臓腑の働き、心身のバランスを重視します。

一方、現代の神経科学でも、脳は単独で働いているのではなく、
免疫、自律神経、内臓、代謝、炎症などと深く関係していることがわかってきています。

今回のような研究は、東洋医学の全身的な身体観と、現代科学の神経ネットワークの理解が、
少しずつ交わり始めていることを感じさせます。

まとめ

今回ご紹介した研究では、アルツハイマー病モデルのマウスに対する鍼刺激が、
記憶や学習能力、脳内の異常タンパク質、慢性炎症、神経ネットワークなどに影響する可能性が示されました。

特に、百会穴への刺激が有力なターゲットとして注目されています。

ただし、現時点ではマウス研究が中心であり、人間に対して効果が確立されたわけではありません。

そのため、鍼治療がアルツハイマー病を治すと断言することはできません。

しかし、脳の炎症や神経回路、認知機能に対して、
鍼が多面的に作用する可能性が少しずつ科学的に見え始めていることは、大変興味深いことです。

今後、人を対象とした臨床研究がどこまで進むのか、非常に注目されます。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.23更新

 

手のひらが熱い、イライラして眠れない
そんな時に知っておきたいツボ「労宮」

「手のひらが熱い」
「イライラして眠れない」
「口内炎ができやすい」

このような症状でお悩みの方はいませんか。

東洋医学では、こうした状態に関係すると考えられている重要なツボがあります。

それが、**労宮(ろうきゅう)**です。

労宮とはどんなツボか

労宮は、手の厥陰心包経に属するツボです。

心包とは、東洋医学において「心」を守る働きと
関係が深いと考えられているものです。

ここでいう心は、単に心臓だけを指すのではなく、
精神活動や感情の安定とも関係すると考えられています。

労宮は、その心包経にある重要なツボで、
ツボの性質としては栄穴であり、さらに火穴でもあります。

心包は五行でいう「火」に属します。
そのため労宮は、いわば「火の性質が強いツボ」と考えられてきました。

火の性質が強いということは、
体や心にこもった余分な熱と関係しやすいということです。

古典では、労宮は体や心にこもった熱を冷まし、
精神の高ぶりを鎮める働きがあるツボとして考えられてきました。

労宮の場所

労宮は、手のひらの中央あたりにあります。

一番わかりやすい取り方は、軽く拳を握ってみる方法です。

軽く拳を握ったときに、中指の先が手のひらに当たる場所。
そこが、労宮の目安になります。

臨床では、そこを基準にして、第2・第3中手骨の間で、
圧痛やへこみを確認しながら位置を決めると、より再現性が高くなります。

なお、古典には「薬指が当たる場所」とする説もあり、
流派によって若干の違いがあります。

ただし、いずれの場合も「手のひらの中央付近にあるツボ」という点は共通しています。

労宮という名前の意味

労宮という名前も、とても興味深いものです。

「労」は、疲れや働きを意味します。
「宮」は、中枢や大切な場所を意味します。

つまり労宮とは、労の集まる宮。

手を酷使した疲れや、心の疲れが現れやすい場所、
という意味が込められていると考えられます。

また、労宮には**鬼路(きろ)**という別名もあります。

鬼路は、精神症状に用いられてきた「十三鬼穴」の一つにも数えられます。

このことからも、労宮は古くから、
心や神経の乱れに対する要穴として重視されてきたことがわかります。

労宮が使われる症状

労宮がよく用いられるのは、心の熱が関係すると考えられる症状です。

たとえば、

イライラ
不眠
動悸
不安感
精神疲労

などです。

神経が高ぶっている状態や、
気持ちが落ち着かない状態を鎮める目的で用いられます。

また、熱が上にのぼることで起こると考えられる症状にも応用されます。

たとえば、

口内炎
舌の荒れ
歯ぐきの腫れ
鼻血

などです。

さらに、労宮という名前の通り、手そのものの症状にも用いられます。

手のほてり
手のひらの汗
手の疲労感
手の震え

こうした手の症状にも、労宮はよく使われるツボです。

現代的に見た労宮

現代的な視点から見ると、
労宮の周囲には正中神経や尺骨神経の枝が走っています。

そのため、労宮への刺激は、手の感覚だけでなく、
神経を通じて中枢にも影響を与える可能性がある場所と考えられます。

また、労宮への刺激が脳の前頭葉の働きや
精神的疲労の軽減と関係する可能性を示唆する報告もあります。

東洋医学で古くから「心」や「精神」と関係が深いとされてきた労宮が、
現代的にも心身の反応と関係する可能性があるという点は、とても興味深いところです。

労宮は「手」と「心」をつなぐツボ

労宮は、まさに「手」と「心」をつなぐツボと言えるかもしれません。

手が疲れているとき、心も疲れていることがあります。
心が緊張しているとき、手のひらに汗をかいたり、
手がこわばったりすることもあります。

そのように考えると、手のひらの中央にある労宮は、
心身の状態を映し出す場所とも言えます。

イライラする。
眠れない。
手のひらが熱い。
心が落ち着かない。

そんなとき、労宮という小さなツボが、
心身をゆるめるきっかけになるかもしれません。

まとめ

労宮は、手の厥陰心包経に属する重要なツボです。

心包との関係から、精神的な緊張や心の高ぶりに用いられることがあり、
古典では余分な熱を冷ますツボとして考えられてきました。

場所は、手のひらの中央あたり。
軽く拳を握ったとき、中指の先が当たる場所が目安です。

イライラ、不眠、動悸、不安感、口内炎、手のほてり、手の疲れなど、心と手の両方に関係する症状に応用されてきたツボです。

労宮は、手の疲れだけでなく、心の疲れにも目を向けるための大切なツボです。

ぜひ覚えておいてください。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.21更新

 

『黄帝内経・霊枢』経脈篇とは何か
東洋医学の「全身をつなぐ身体観」

皆さんこんにちは。
はり治療専門チャンネルです。

今回は、『黄帝内経・霊枢』第十篇にあたる「経脈篇」についてお話しします。

経脈篇は、東洋医学における経絡理論の中心とも言える、非常に重要な篇です。

もし「九鍼十二原」が、鍼治療の基本理念を示した篇だとすれば、この「経脈篇」は、

気血はどこを流れ、
なぜ症状が起こり、
どこを治療するのか

を体系的に説明した、人体ネットワーク理論の中核と言えます。

経脈篇は「ツボの並び」だけを説明しているわけではない

経脈篇では、人体を巡る十二経脈について詳しく説明されています。

これは、現在の鍼灸でも基本となっている十二の経絡体系です。

ただし、ここで大切なのは、経脈篇が単に「ツボの並び」を説明しているわけではない、
という点です。

どこから始まり、
どこを通り、
どの臓腑とつながり、
どのような症状が現れ、
身体のどこに異常が出るのか。

経脈篇では、こうした内容が非常に詳細に論じられています。

つまり経脈とは、単なる線やルートではなく、
身体全体の働きや病の現れ方を理解するための重要な考え方なのです。

経脈を理解することは、治療の核心である

経脈篇には、非常に有名な言葉があります。

「経脈者、所以能決死生、処百病、調虚実、不可不通。」

読み下すと、

経脈は、生死を決し、百病を処し、虚実を調える所以なり。通ぜざるべからず。

という意味になります。

簡単に言えば、

経脈を理解することは、
生死に関わる状態を見極め、
さまざまな病を理解し、
虚実を判断し、
治療を行ううえで欠かせない。

ということです。

古代の医家たちは、経脈を単なる理論としてではなく、
臨床の核心として捉えていました。

どの経脈に異常があるのか。
その異常はどの臓腑や身体機能と関係しているのか。
どの部位に症状として現れているのか。

これらを読み解くことが、治療の土台になると考えられていたのです。

「是動病」と「所生病」という考え方

経脈篇では、「是動病」と「所生病」という考え方も登場します。

大まかに言うと、

是動病とは、その経脈の変動によって現れる症状。
所生病とは、その経脈が関わる臓腑や身体機能に関連して現れる症状。

そのように理解されています。

たとえば胃経では、顔、歯、胃、脚まで症状が連動すると説明されます。

これは、東洋医学では「胃の不調は胃だけに現れる」とは考えない、
ということです。

胃に関係する経脈の流れに沿って、
顔や口、歯、喉、胸腹部、脚などにも変化が現れると考えます。

つまり東洋医学では、症状を一か所だけで見るのではなく、
全身のつながりの中で理解しようとするのです。

現代的な視点との共通点

経脈篇に書かれている内容は、現代医学の言葉そのものではありません。

しかし現代でも、身体を全体として捉える考え方は少しずつ広がっています。

たとえば、

関連痛。
内臓体性反射。
筋膜のつながり。
自律神経ネットワーク。
脳と身体の相互作用。

こうした考え方には、
経脈篇の身体観と一部通じる部分があるのではないかと考えられます。

もちろん、経絡そのものの実体が現代科学で完全に解明されているわけではありません。

しかし、身体は単なる部品の集まりではなく、
神経、血流、筋膜、免疫、内臓、脳機能などが複雑に連動していることは、
現代の研究でも重要視されています。

その意味で、経脈篇が示す「全身のつながりを見る」という視点は、
今なお非常に興味深いものです。

気血が巡る「流注」という考え方

経脈篇では、気血が十二経脈を順番に巡る「流注」という概念も説明されています。

流注とは、経脈の流れの順序を示す考え方です。

肺経から始まり、
大腸経、胃経、脾経、心経、小腸経、膀胱経、腎経、心包経、三焦経、胆経、肝経へと巡り、
最後は再び肺経へ戻る。

このように、身体全体が一つの循環するシステムとして捉えられています。

東洋医学では、身体の一部だけを切り離して見るのではなく、
全体の流れの中で状態を判断します。

ある場所に出ている痛みや不調も、
別の経脈や臓腑の働きと関係している場合があると考えるのです。

経脈篇が伝えている身体観

経脈篇の本質は、

人間の身体は、バラバラの部品ではなく、全体がつながっている

という思想です。

だから東洋医学では、局所だけでなく、全身の流れを見ます。

痛みがある場所だけを見るのではなく、
どの経脈と関係しているのか。
どの臓腑の働きと関係しているのか。
身体全体のバランスはどうなっているのか。

そうした視点から、治療方針を考えていきます。

ここに、鍼灸には西洋医学とは少し違う、独自の身体の見方があります。

まとめ

『黄帝内経・霊枢』の経脈篇は、東洋医学における経絡理論の中心となる篇です。

そこでは、十二経脈の流れだけでなく、臓腑との関係、症状の現れ方、
虚実の判断、治療の考え方までが体系的に述べられています。

経脈篇が伝えているのは、身体を部分ではなく、
全体のつながりとして見るという視点です。

現代科学でも、身体は神経、筋膜、血流、免疫、自律神経、脳機能などが
複雑に関わり合うシステムとして理解されつつあります。

その意味で、経脈篇の身体観は、古典でありながら、
現代の臨床にも多くの示唆を与えてくれる内容だと感じます。

鍼灸治療では、目の前の症状だけでなく、
その背景にある全身のつながりを大切にします。

それこそが、経脈篇が今に伝えている大切なメッセージではないでしょうか。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.19更新

 

慢性痛は「脳が痛みを覚えている」こともあります

突然ですが、
人間は「痛みを感じるのが上手くなる」ことがあります。

そう聞くと、少し不思議に感じるかもしれません。

しかし、長引く慢性痛では、患部そのものの問題だけでなく、
脳の優れた適応能力が裏目に出ているケースもあります。

本来、脳はとても学習能力の高い器官です。
自転車の乗り方を覚えたり、楽器の演奏が上達したりするように、
繰り返し経験したことを記憶し、反応しやすくなっていきます。

実は、痛みもこれと似た仕組みで「学習」されることがあります。

脳は痛みを学習することがある

痛みの信号が何度も脳に送られ続けると、痛みを伝える神経の通り道が強化され、
信号が伝わりやすくなってしまうことがあります。

最初は細いけもの道のようだった神経の通り道が、何度も使われることで整備され、
やがて高速道路のようになっていくイメージです。

この痛みの高速道路ができてしまうと、服が擦れた、気圧が変わった、
少し動かしたといった些細な刺激でも、痛みとして脳に伝わりやすくなることがあります。

つまり、体に大きな異常がなくても、脳や神経が過敏になっていることで、
痛みが続いてしまう場合があるのです。

脳は痛みを「先読み」することもある

さらに痛みの学習が進むと、脳は痛みを先読みするようになります。

たとえば、階段を上るたびに膝が痛かった経験を繰り返すと、
実際に膝へ大きな負担がかかる前から、
階段を見ただけで脳が痛みを予測してしまうことがあります。

これは、梅干しを見るだけで唾液が出るのと似ています。

過去の経験によって、脳が反射的に反応してしまうのです。

そのため慢性痛では、単に「痛い場所だけ」を見るのではなく、
脳や神経がどのように痛みを記憶しているのかを考えることも大切になります。

痛みの学習は、少しずつ解除できる

では、一度痛みを覚えてしまった脳は、ずっとそのままなのでしょうか。

決してそうではありません。

脳が変化する力は、一方向ではありません。
痛みを学習することがある一方で、安全な経験を積み重ねることで、
痛みの反応を少しずつ弱めていくことも可能です。

このように、脳が覚えてしまった過剰な反応を少しずつ解除していくことを、
「アンラーニング」と呼びます。

痛みの高速道路を、少しずつ元のけもの道に戻していくようなイメージです。

当院で大切にしている4つのアプローチ

当院では、慢性痛に対して、脳や神経に「もう安全だよ」と教え直していくことを大切にしています。

主に次の4つの視点からサポートしていきます。

1. 痛みの仕組みを知ること

まず大切なのは、患者さんご自身が痛みの仕組みを理解することです。

長引く痛みには、患部の問題だけでなく、脳や神経の過敏さが関わっている場合があります。

このことを知るだけでも、原因不明の痛みに対する不安が少し和らぎ、
脳の過剰な警報反応が落ち着きやすくなります。

私が施術中に痛みの仕組みをお話ししているのは、このためです。

「なぜ痛いのか」が少しでも理解できると、
痛みに対する恐怖がやわらぎ、回復への第一歩になります。

2. 安全な実績を少しずつ作ること

慢性痛では、「動かすとまた痛くなるのではないか」という不安が強くなることがあります。

そのため、いきなり無理に動かすのではなく、
痛みが強くならない範囲で少しずつ体を動かしていくことが大切です。

小さな範囲でも、

「動かしても大丈夫だった」
「少し歩いても悪化しなかった」
「前より怖くなかった」

という安全な経験を積み重ねることで、脳は少しずつ安心を学習していきます。

3. 鍼灸による生理学的な反応を引き出すこと

鍼や灸の心地よい刺激は、痛みの信号とは別の感覚として脳や神経に伝わります。

この刺激が先に伝わることで、脊髄にある「痛みの門」が閉じ、
痛みの信号が伝わりにくくなると考えられています。

また、鍼灸刺激によって心身がリラックスしやすくなり、
脳が過敏な状態から少しずつ落ち着いていくことも期待できます。

慢性痛では、ただ痛みを抑えるだけでなく、
脳や神経が安心しやすい状態を作ることが大切です。

鍼灸は、そのきっかけづくりとして役立つ可能性があります。

4. 心身の緊張をゆるめること

「この痛みは治らないのではないか」
「また悪くなるのではないか」

こうした不安やストレスは、痛みをさらに強く感じさせることがあります。

心と体はつながっています。

精神的な緊張が続くと、筋肉もこわばりやすくなり、
血流も悪くなり、痛みに敏感な状態が続きやすくなります。

鍼灸で体のこわばりをゆるめることは、
心の緊張をやわらげる助けにもなります。

体が少し楽になることで、気持ちも落ち着き、
脳が「安全」を感じやすくなっていきます。

慢性痛は、正しく向き合うことが大切です

慢性痛は、単純な原因だけで起こるものではありません。

患部の状態、神経の過敏さ、脳の記憶、不安、ストレス、生活習慣など、
さまざまな要因が複雑に関わっています。

もちろん、痛みの中には医療機関での検査や治療が必要なものもあります。

その一方で、検査では大きな異常が見つからないのに痛みが続く場合、
脳や神経が痛みを学習してしまっている可能性も考えられます。

そのような痛みに対しては、痛みを無理に消そうとするだけでなく、
脳に少しずつ安全を再学習させていくことが大切です。

慢性痛は、決して「気のせい」ではありません。

脳や神経が一生懸命に体を守ろうとして、
少し過敏になりすぎている状態ともいえます。

その過敏な反応を、正しい理解と適切な刺激、
そして安全な経験の積み重ねによって、少しずつやわらげていく。

それが、慢性痛と向き合ううえで大切な考え方だと思います。

 

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.17更新

みなさんは、
「鼻がつまるだけで、こんなにつらいのか」
と感じたことはありませんか。
呼吸がしにくい。
頭がぼーっとする。
匂いが分からない。
実は東洋医学には、
こうした鼻の不調に深く関わる代表的なツボがあります。
それが
迎香です。
迎香は、
手の陽明大腸経に属する経穴で、
この大腸経の流れの終点にあたる重要な場所です。
大腸経は、腕から顔へと上がり、
最後に鼻の横にたどり着きます。
そしてここから、
足の陽明胃経へと経気が受け渡される。
つまり迎香は、
腕から来た気が、顔面へと集まる交差点
のような場所なのです。

では、なぜ大腸経が鼻と関係するのでしょうか。
東洋医学では、
肺と大腸は表裏関係にあるとされます。
そして肺は、
呼吸と皮膚、そして嗅覚を司る臓。
鼻は「肺の竅」と呼ばれ、
外界とつながる重要な門です。
迎香はまさに、
その門のそばに位置するツボ。
名前の由来も興味深く、
「迎」は迎え入れる、
「香」は香りを意味します。
つまり迎香とは、
「香りを迎え入れる穴」。
嗅覚と呼吸の入り口を整えるツボ、
という意味が込められているのです。

位置は、
小鼻の外側、ほうれい線のくぼみ。
解剖学的に見ると、
顔面の重要な神経や血管が集まる場所でもあります。
三叉神経第2枝、
顔面神経の枝、
顔面動脈。
これらが走るため、
刺激によって鼻周囲の血流や神経反応に影響を与えやすい部位と考えられています。

古典では、
迎香は「鼻疾患一切に用いる」とまで言われます。
鼻炎、鼻づまり、副鼻腔炎、嗅覚低下。
さらに
上歯痛、顔面神経麻痺、三叉神経痛など、
顔面トラブル全般にも応用されてきました。
ここで面白いのが、
迎香は禁灸穴とされることが多い点です。
顔面のデリケートな部位であり、
熱刺激には注意が必要と古くから考えられてきました。
古典の臨床家たちが、
安全性まで観察していたことが分かります。

さらに興味深いのが、
「鼻輪経」という考え方。
大腸経の気は、
鼻の周囲をぐるりと巡り、
人中や目頭付近で他経絡と交わるとされます。
まるで鼻を囲むように
気が循環するイメージです。
このため迎香は、
単なる鼻づまりのツボではなく、
顔面全体の気の巡りを左右するポイントとして扱われてきました。

現代でも、
アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎への鍼治療研究で、
迎香は頻繁に使われる代表穴です。
古典の知恵と現代研究が、
同じ場所に注目している。
ここに、東洋医学の面白さがあります。

もし、
「鼻は単なる通り道ではない」
と考えたらどうでしょう。
呼吸、嗅覚、免疫、
そして脳への酸素供給。
鼻の状態は、
全身状態のバロメーターでもあります。
迎香は、
その入り口に立つ門番のようなツボ。
顔にありながら、
全身に影響を及ぼす可能性を秘めています。

小さな一点に、
古代からの観察と理論が詰まっている。
それが、迎香というツボです。
次に患者さんの鼻症状を見るとき、
このツボの背景を思い出すと、
また違った視点が見えてくるかもしれません。

 

 

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.15更新

黄帝内経・霊枢「官鍼篇」とは?
2000年前に体系化されていた“鍼の使い分け”

こんにちは。
井島鍼灸院 です。

今回は、黄帝内経 『霊枢』第七篇「官鍼篇(かんしんへん)」についてお話しします。

もし『九鍼十二原』が、

「何を治療するのか」

を示した基本原則だとすれば、

『官鍼篇』は、

「どう刺すのか」

を教える、実践的な技術書とも言える篇です。

「官鍼」とは何か

「官鍼」の「官」には、

役割
担当
司るもの

という意味があります。

つまり官鍼とは、

「病や状態に応じて、役割の異なる刺法を使い分ける」

という考え方です。

現代風に言えば、

“症状や状態に応じて刺激方法を最適化する技術論”

とも言えるでしょう。

同じ症状でも、状態は人によって違う

この考え方は、現代の鍼灸でも非常に重要です。

たとえば同じ「肩こり」という症状でも、

筋肉の緊張が強い人
冷えが関係している人
ストレスによる緊張が背景にある人
疲労による虚弱状態の人

など、原因や体質はさまざまです。

古代の鍼灸師たちは、

「状態が違えば、刺し方も変えるべき」

と考えていました。

そのため、

浅く刺すのか
深く刺すのか
一本で行うのか
複数使うのか
局所を使うのか
遠隔を使うのか

といった違いを重視していたのです。

官鍼篇を代表する「九刺」

官鍼篇を代表する理論の一つが、「九刺(きゅうし)」です。

これは、

“病の性質に応じた九つの基本戦略”

を意味しています。

遠道刺 ― 上の病を下から治す

代表的なのが「遠道刺(えんどうし)」です。

これは、

上半身の病を、下肢の経穴で治療する

という考え方です。

たとえば、

頭痛
顔面症状
首肩の緊張

に対して、足の経穴を使う。

いわゆる

「上病下取(じょうびょうかしゅ)」

の原型となる考え方です。

実際、現代の臨床でも、肩や腰だけでなく、手足の経穴を使う場面は少なくありません。

巨刺 ― 反対側を使う治療

次に「巨刺(こし)」です。

これは、

右が痛ければ左
左が痛ければ右

を使う方法です。

現代でいう「対側治療」に近い考え方として知られています。

毛刺 ― ごく浅い刺激

「毛刺(もうし)」は、皮膚表面を非常に浅く刺激する方法です。

現代で言えば、

接触鍼
小児鍼

などを連想する方もいるかもしれません。

強く深く刺すだけが鍼ではない、という発想がすでに存在していたのです。

絡刺 ― 血絡を対象にした方法

さらに「絡刺(らくし)」は、細かな血絡を対象とした刺法です。

現在の刺絡療法との関連でもよく議論されています。

官鍼篇は“刺法の百科事典”

ただ、官鍼篇の価値は九刺だけではありません。

この篇には、

九鍼
十二刺
五刺

など、多層的な体系が記載されています。

九鍼 ― 9種類の道具

「九鍼」は、9種類の鍼道具です。

現代のような細い毫鍼(ごうしん)だけではなく、

押圧するもの
浅く刺激するもの
瀉血を目的とするもの
膿を排出するもの

まで存在していました。

つまり古代の鍼は、今の“細い鍼一本”だけではなかったのです。

十二刺と五刺

「十二刺」は、病態に応じた具体的な手技体系。

そして「五刺」は、





という、身体の層に応じた刺法です。

つまり古代の鍼灸師たちは、

「どこに刺すか」

だけでなく、

何を使うか
どの深さで行うか
どの方法を選ぶか
どの組織を狙うか

そこまで細かく体系化していたのです。

官鍼篇が今に伝えること

官鍼篇が伝えている最も重要な思想。

それは、

「病に合わせて鍼を変える」

ということです。

現代風に言えば、

“個別化された刺激選択”

に通じる考え方とも言えるでしょう。

2000年以上前に、ここまで緻密な治療戦略が考えられていた。

そう考えると、『官鍼篇』は単なる古典ではなく、

「鍼治療の思考法そのもの」

を教えてくれる篇なのかもしれません。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.07.13更新

なぜ古代の人たちは耳の周囲を巡る経絡を知ることができたのか?
東洋医学が見ていた「反応のネットワーク」

こんにちは。
井島鍼灸院 です。

今回は、

「なぜ古代の人たちは、耳の周囲を細かく巡る経絡の流れを知ることができたのか?」

というテーマについて、少し深くお話しします。

東洋医学の古典には、耳の周囲を複雑に巡る経絡の流れが非常に細かく記載されています。

代表的なのが、

三焦経
胆経

です。

三焦経は耳の周囲を細かく巡る

東洋医学では、三焦経は薬指から始まり、



首の後ろ

を通り、さらに耳の周囲へ向かうとされています。

そこから、

耳の前
耳の後ろ
こめかみ
目の外側

へと細かく枝分かれしていきます。

古典を読むと、

「まるで実際に体の中を見ていたのではないか」

と思うほど、詳細に記載されています。

MRIもCTもない時代に、なぜ分かったのか?

ここで多くの方が疑問に感じます。

「2000年以上前に、MRIもCTもないのに、なぜそんなことが分かったのか?」

実は古代の医家たちは、現代医学のように神経や血管を直接“見て”いたわけではありません。

彼らが見ていたのは、

「刺激した時に起こる反応」

でした。

古代の医家たちが見ていたもの

たとえば、

ある場所を押すと耳鳴りが変化する
鍼をすると耳の奥へ響く感覚が出る
首肩を緩めると耳の詰まり感が軽くなる
顎周囲を調整すると聞こえ方が変わる

そうした現象を、長い年月をかけて観察し続けていたのです。

つまり経絡とは、

「どことどこが連動して反応するのか」

という臨床経験の積み重ねだった可能性があります。

耳は非常に特殊な器官

特に耳という場所は、現代医学的に見ても非常に複雑です。

耳の周囲には、

三叉神経
顔面神経
迷走神経
後頭部の神経
自律神経
筋膜
血流ネットワーク

など、多くの構造が密集しています。

さらに耳は、単に「音を聞く器官」ではありません。

平衡感覚
ストレス反応
自律神経

とも深く関わっています。

なぜストレスで耳鳴りが悪化するのか

実際の臨床でも、

疲れると耳鳴りが強くなる
ストレスで耳が詰まる
首肩こりで耳鳴りが悪化する
眠れない日に耳の症状が強くなる

というケースは少なくありません。

古代の医家たちは、こうした「全身との連動」を非常に重視していました。

そのため、耳鳴りの患者さんに対しても、

耳だけ
症状だけ

を見るのではなく、



背中

お腹
睡眠
感情状態

まで確認していたのです。

経絡は“機能の地図”だったのかもしれない

現代的な視点から見ると、経絡は、

神経だけ
血管だけ
筋膜だけ

で説明できる単純なものではありません。

むしろ、

神経ネットワーク
筋膜の連続性
血流
感覚入力
脳の反応
自律神経

など、複数のシステムを“機能的につないだ地図”として考えると理解しやすくなります。

古代の人たちは「反応」を見ていた

つまり古代の人たちは、

「体の中に線が見えていた」

というより、

「刺激すると、どこがどう連動するか」

を驚くほど細かく観察していたのです。

耳の周囲を巡る三焦経や胆経の記述も、そうした長い臨床経験の積み重ねだったのかもしれません。

東洋医学が今なお面白い理由

2000年以上前に、

耳と首肩の関係
ストレスと耳症状の関係
全身のつながり

をここまで丁寧に観察していた。

そう考えると、東洋医学には、現代でも学ぶべき視点が数多く残されているように感じます。

身体を「部分」ではなく、「つながり」として見る。

その視点こそが、東洋医学の大きな特徴なのかもしれません。

投稿者: 井島鍼灸院

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