井島鍼灸院ブログ

2026.11.06更新

こんにちは。岐阜市柳ケ瀬通の井島鍼灸院です。

「穴名考入門」シリーズでは、経穴(ツボ)の名前に込められた意味を読み解く「穴名考」についてご紹介してきました。

今回は、一つの経穴を取り上げて穴名考の実際を見ていきます。そのうえで、経穴の名前を読み解く面白さと、あわせて知っておきたい注意点についてもお話ししたいと思います。


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■ 風池を読み解く ― 穴名考の実際
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取り上げる経穴は、首の後ろにある「風池(ふうち)」です。

◆「風」の字が意味するもの
『鍼灸医学』(竹之内診佐夫・濱添圀弘 共著)の穴名考では、まず「風」の字について、気の動き、吹く、涼しい、動く、散るといった意味が挙げられています。さらに、風邪(ふうじゃ)や中風(ちゅうぶう)といった、風病の意味もあるとされています。

◆「池」の字が意味するもの
続いて「池」の字については、地面を掘って水を溜めたところ、という意味が示されています。

◆ 二つの字を合わせると
そのうえで風池とは、風病の邪気が溜まる陥凹部の穴であり、また風病を治める主治穴の意味である、とまとめられています。

実際に風池は、頭痛やめまい、目の不調、かぜのひきはじめなど、東洋医学で「風」が関わると考えられてきた症状に、古くから用いられてきた経穴です。名前と働きが、ぴたりと重なっていることがわかります。

このように、名前を構成する漢字を一字ずつ丁寧にひもとき、位置や働きと照らし合わせていく。それが穴名考の醍醐味です。


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■ 穴名考の注意点
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ここまで穴名考の面白さをお伝えしてきましたが、大切な注意点もあります。

◆ 穴名の解釈は一つとは限らない
一つ目は、穴名の解釈は一つとは限らない、ということです。

経穴の名前の多くは、およそ二千年前に生まれたものです。名づけた人がどのような意図を持っていたのか、そのすべてが記録に残っているわけではありません。後の時代の医家たちが、それぞれの立場から意味を考え、説明を加えてきたというのが実情です。

たとえば、足三里(あしさんり)の「三里」については、膝の下三寸のところにあるからという説や、この経穴を使えばさらに三里の道を歩けるという俗説など、さまざまな説が伝えられています。
松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅立ちにあたって「三里に灸すゆる」と記したことはよく知られていますが、名前の由来そのものについては、今もいくつかの説が並び立っています。

◆ 一つの経穴に複数の名前があることも
また、同じ経穴に複数の名前、つまり別名があることも珍しくありません。

たとえば百会(ひゃくえ)は、古典のなかで「三陽五会(さんようごえ)」とも呼ばれてきました。別名を比べてみると、その経穴がどのように捉えられてきたかが、より立体的に見えてきます。

ですから穴名考は、正解を一つに決めるものではなく、古人がどのように体を見ていたのかを想像し、味わうものだと考えるのがよいのではないでしょうか。

◆ 名前の意味だけで効果を決めつけない
二つ目の注意点は、名前の意味だけから経穴の効果を決めつけないことです。

実際の臨床では、穴名考はあくまで理解を深める手がかりの一つです。体の状態を丁寧に診たうえで経穴を選ぶことが大切です。


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■ 穴名考を知る3つの意味
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では、穴名考を知ることにはどのような意味があるのでしょうか。

1. 経穴の位置や性質を理解しやすくなる
合谷(ごうこく)は「骨が合わさる谷」、承山(しょうざん)は「山を承ける位置」と知っていれば、単なる暗記ではなく、体の形と結びつけて経穴を覚えることができます。
鍼灸を学ぶ人にとって、穴名考は昔から有効な学びの道具でした。経穴の数は多く、国家試験の勉強でも苦労するところですが、名前の意味から位置をイメージできると、記憶にも残りやすくなるかもしれません。

2. 東洋医学の世界観に触れられる
星、山、川、宮殿、動物――経穴の名前を眺めていくと、古代の人々が人の体を、天地自然と同じ一つの世界として捉えていたことが伝わってきます。
体の中に夜空があり、山があり、川が流れている。そう考えると、自分の体が少しだけ違ったものに見えてくるかもしれません。

3. 鍼灸をより身近に感じられる
鍼灸院で「今日は合谷と足三里を使いますね」と言われたとき、その名前の意味を少しでも知っていると、治療への理解が深まり、安心感にもつながるのではないでしょうか。


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■ おわりに ― 名前に残る古人の足跡
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経穴の名前は、単なる体の場所を示す記号ではありません。そこには、古代の人々が人の体をどのように観察し、自然と重ね合わせ、病と向き合ってきたのか、その足跡が残されています。

一つの経穴の名前を丁寧に読み解いていくと、およそ二千年の時を超えて、古代の医家たちの考え方に触れることができるのです。

これからも当院のYouTubeやnoteでは、一つ一つの経穴について、穴名考を交えながらご紹介していきたいと思います。

次に経穴の名前を耳にしたときは、ぜひ、その漢字に込められた意味にも思いを巡らせてみてください。きっと、いつもの体が少し違って見えてくると思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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▼今回の内容のnote記事はこちら
https://note.com/hari4939/n/n1e4ea0246b82?app_launch=false

▼映像と音声でご覧いただけるYouTube動画はこちら
https://youtu.be/na86Y1MI1js
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井島鍼灸院
〒500-8875 岐阜県岐阜市柳ケ瀬通7丁目6番地3

 

投稿者: 井島鍼灸院

2026.11.04更新

変形性股関節症に鍼治療はどう働くのか?痛みの原因と治療の目的を鍼灸師が解説

歩き始めや立ち上がるときに、股関節が痛くありませんか?

「歩き始めに足の付け根がズキッと痛む」

「靴下を履こうとすると、股関節が痛くて足を上げにくい」

「椅子から立ち上がる瞬間に痛みを感じる」

「長く歩いていると、股関節だけでなくお尻や太ももまで痛くなる」

このような症状が続いていませんか?

こうした股関節の痛みの原因の一つに、
変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)があります。

変形性股関節症は、特に中高年以降にみられることが多く、
日常生活にさまざまな影響を及ぼす病気です。

歩く、立つ、座る、階段を上るといった何気ない動作がつらくなり、
症状が進むと靴下を履くことや足の爪を切ることが難しくなる場合もあります。

今回は、変形性股関節症に対して、鍼治療では何を目的に施術するのか、
痛みの仕組みや周囲の筋肉との関係を交えながら、わかりやすくご紹介します。

変形性股関節症とは、どのような病気なのでしょうか?

股関節は、骨盤側の受け皿である寛骨臼(かんこつきゅう)と、
大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)によって構成されています。

この二つの骨の表面は関節軟骨で覆われており、
滑らかに動く仕組みになっています。

しかし、加齢や骨格の特徴、長年の負荷などによって関節軟骨が傷み、
関節のすき間が狭くなったり、骨の形が変化したりすることがあります。

これが変形性股関節症です。

日本では、股関節の受け皿が浅い
「寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)」が
背景にある方も少なくありません。

受け皿が浅いと、大腿骨頭を十分に覆うことができず、
関節の一部分に負担が集中しやすくなる場合があります。

変形性股関節症の代表的な症状は、
鼠径部(そけいぶ)、つまり足の付け根の痛みです。

ただし、痛む場所は鼠径部だけとは限りません。

お尻や太ももの前面・外側、ときには膝の近くまで痛みが広がることもあります。

そのため、股関節に問題があっても、
最初は太ももや膝の痛みとして感じる方もいらっしゃいます。

股関節の痛みは、軟骨がすり減ることだけでは説明できません

変形性股関節症について、
「軟骨がすり減っているから痛い」と説明されることがあります。

もちろん、関節軟骨の変化は、この病気の重要な特徴です。

しかし、実際の痛みは、それだけでは説明できません。

なぜなら、関節軟骨そのものには、
通常、痛みを感じる神経が存在しないからです。


股関節の痛みには、関節を包んでいる関節包、滑膜、靱帯、周囲の筋肉や腱、
そして関節軟骨の下にある軟骨下骨(なんこつかこつ)など、
さまざまな組織が関係しています。

また、痛みによって歩き方が変わり、
周囲の筋肉に負担が集中することもあります。

そのため、レントゲンで確認される関節の変形の程度と、
実際に感じる痛みの強さが必ずしも一致するわけではありません。

変形性股関節症では、骨や軟骨の状態だけでなく、周囲の筋肉や関節の動き、
日常生活での負担なども考えることが大切です。

鍼治療では、股関節周囲の筋肉や痛みに着目します

変形性股関節症に対する鍼治療は、すり減った軟骨を再生させたり、
変形した骨を元の形に戻したりすることを目的としたものではありません。

主に、痛みの軽減や、
周囲の筋肉の緊張に対する働きかけなどを目的として行われます。

股関節の周囲には、立つ、歩く、脚を上げるといった
動作を支える重要な筋肉が数多くあります。

特に注目したいのが、次のような筋肉です。

中殿筋・小殿筋・大殿筋

お尻には、中殿筋(ちゅうでんきん)、
小殿筋(しょうでんきん)、大殿筋(だいでんきん)があります。

中殿筋や小殿筋は、片脚で立つときや歩くときに、
骨盤を安定させる重要な働きを担っています。

大殿筋は、股関節を後ろに伸ばす動作や、立ち上がる動作などに関係します。

腸腰筋

腸腰筋(ちょうようきん)は、股関節の前面に位置する筋肉で、
脚を持ち上げる動作に大きく関係しています。

歩行時に脚を前へ出すときや、階段を上るときなどにも働きます。

大腿筋膜張筋と内転筋群

股関節の外側には大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)、
内側には内転筋群(ないてんきんぐん)があります。

これらの筋肉も、股関節の動きや安定性に関係しています。

股関節が痛くなると、無意識に痛む場所をかばうような歩き方になることがあります。

すると、特定の筋肉に負担が集中したり、
筋肉が防御的に緊張したりする場合があります。

こうした状態が続くと、
股関節をさらに動かしにくくなるという悪循環が生じることもあります。

股関節周囲のツボ「環跳」と「居髎」

鍼灸では、股関節周囲の症状に対して、
環跳(かんちょう)や居髎(きょりょう)などの経穴が伝統的に用いられてきました。

環跳(GB30)

環跳は、足の少陽胆経に属する経穴で、お尻の外側から後方に位置しています。

股関節周囲の筋肉や深部の組織と関連する部位にあり、
古くから股関節や下肢の痛みなどに用いられてきました。

居髎(GB29)

居髎も、足の少陽胆経に属する経穴です。

骨盤の外側に位置し、股関節周囲の症状に対して用いられてきました。

また、股関節の深部には、梨状筋(りじょうきん)をはじめとする
深層外旋筋群があります。

これらの筋肉は、股関節の回旋や安定性に関係しています。

実際の鍼灸治療では、環跳や居髎などの経穴だけでなく、
中殿筋や小殿筋、腸腰筋、内転筋などの状態も考慮して施術を組み立てます。

ただし、股関節の深部には坐骨神経などの重要な組織も存在します。

そのため、解剖学的な位置関係を十分に理解し、
安全に配慮して施術することが重要です。

鍼の刺激は、痛みにどのように働くのでしょうか?

鍼治療による痛みの軽減については、さまざまな研究が行われています。

鍼の刺激によって感覚神経が刺激され、
脊髄や脳における痛みの情報処理に影響を与える可能性が考えられています。

また、身体がもともと持っている痛みを調節する仕組みである、
内因性オピオイドや下行性疼痛抑制系などとの関係も研究されています。

さらに、筋肉の緊張や局所の血流などに変化が生じる可能性も検討されています。

必要に応じて、鍼に弱い電気刺激を加える「低周波鍼通電」を用いる場合もあります。

ただし、こうした作用が考えられていることと、
変形性股関節症に対する十分な治療効果が確立されていることは同じではありません。

変形性股関節症への鍼治療については、
痛みや身体機能の改善の可能性を示した研究がある一方、
研究の規模や質などに限界があり、効果については慎重に判断する必要があります。

大切なのは、痛みだけでなく股関節の動きも確認すること

変形性股関節症の治療では、痛みがどの程度あるかということに加えて、
股関節がどのくらい動くのかも大切な評価項目です。

特に確認したいのが、股関節の屈曲と内旋です。

屈曲は、太ももをお腹の方へ持ち上げる動きです。

内旋は、太ももを内側へ回す動きです。

変形性股関節症では、こうした動きが制限されることがあります。

また、日常生活の中で、

- 椅子から立ち上がるときの痛み
- 歩き始めの痛み
- 歩ける距離や歩きやすさ
- 靴下を履く動作のしやすさ
- 階段の上り下りの状態

などが、どのように変化しているのかを確認することも重要です。

骨の変形による強い可動域制限がある場合には、
鍼治療だけでその動きを元に戻すことはできません。

しかし、痛みや防御的な筋緊張が軽減すれば、
身体を動かしやすくなる可能性があります。

そのような変化を日常生活の改善につなげていくことが大切だと考えています。

鍼治療と運動療法を組み合わせることの重要性

変形性股関節症では、鍼治療だけに頼るのではなく、
運動療法を組み合わせることも重要です。

運動療法は、股関節周囲の筋力を維持し、
関節の動きや日常生活の機能を保つための基本的な治療の一つです。

特に、中殿筋や大殿筋など、
股関節を安定させる筋肉の働きを維持することが大切です。

また、症状に合わせて股関節の可動域を保つ運動や、
歩行の練習などを取り入れる場合もあります。

鍼治療によって痛みが和らいだ場合には、その状態を活かしながら、
無理のない範囲で運動療法を進めていくことが考えられます。

ただし、運動の内容や負荷は、
股関節の変形の程度や痛みの状態によって異なります。

痛みを我慢して無理に運動するのではなく、
整形外科医や理学療法士などと相談しながら進めることが大切です。

変形性股関節症に対する鍼治療の役割とは?

変形性股関節症に対する鍼治療は、
関節の変形そのものを治す治療ではありません。

しかし、痛みの軽減や身体を動かしやすくすることを目的とした、
補助的な治療の選択肢となる場合があります。

重要なのは、股関節周囲の筋肉や関節の状態を確認しながら、
日常生活の中でどのような動作に困っているのかを把握することです。

そして、鍼治療だけでなく、運動療法や生活習慣の見直し、
必要に応じた整形外科での治療などを組み合わせていくことが大切です。

まとめ|股関節の痛みと上手に向き合うために

変形性股関節症では、関節軟骨や骨の変化だけでなく、
周囲の筋肉や関節を包む組織なども痛みに関係しています。

鍼治療では、こうした痛みに関わる要因に着目し、
痛みの軽減や身体機能の維持を目指します。

ただし、鍼治療ですり減った軟骨が再生したり、
変形した骨が元に戻ったりするわけではありません。

股関節の状態に合わせて運動療法や医療機関での治療を組み合わせ、
歩行や日常生活をできるだけ快適に続けていくことが大切です。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.11.02更新

お正月休み

投稿者: 井島鍼灸院

2026.11.01更新

難経第23難とは?気血が十二経脈を巡る考え方をわかりやすく解説

私たちの体の中では、血液や酸素、栄養など、さまざまなものが絶えず巡っています。

では、およそ二千年前の東洋医学では、人の体をどのように捉えていたのでしょうか。

『難経』第二十三難には、とても興味深い身体観が示されています。

それは、

「体の中には全身をつなぐ経脈があり、その中を気血が絶えず巡っている」

という考え方です。

今回は、『難経』第二十三難に書かれている経脈の長さ、気血の巡り、
そして脈診との関係について、できるだけわかりやすく解説します。

経脈の長さは「十六丈二尺」

第二十三難では、まず経脈にはそれぞれ長さがあり、
それらを合わせると「十六丈二尺」になると説明されています。

もちろん、これは現代医学で血管や神経を実際に測った長さという意味ではありません。

古代中国医学では、身体のすみずみまで経脈がつながり、
全身が一つの大きなネットワークとして機能していると考えられていました。

つまり「十六丈二尺」という記述からは、古代の医家たちが人体を、
部分ごとに独立したものではなく、
全身がつながり合うものとして捉えていたことがうかがえます。

気血の巡りは「中焦」から始まる

第二十三難で特に興味深いのが、気血の巡りは「中焦」から始まると考えられていることです。

中焦とは、東洋医学で胃や脾など、飲食物の消化吸収と深く関係する領域です。

古代中国医学では、私たちが食べたり飲んだりしたものから得られたものが、
体を養う「気」や「血」となり、全身へ巡っていくと考えました。

つまり、

「食べることによって生命を養い、そこから生まれた気血が全身を巡る」

という生命観があったのです。

気血は十二経脈を順番に巡る

中焦を起点とした気血は、十二経脈を順番に巡ると考えられています。

その流れは、

手の太陰肺経
↓
手の陽明大腸経
↓
足の陽明胃経
↓
足の太陰脾経
↓
手の少陰心経
↓
手の太陽小腸経
↓
足の太陽膀胱経
↓
足の少陰腎経
↓
手の厥陰心包経
↓
手の少陽三焦経
↓
足の少陽胆経
↓
足の厥陰肝経

と巡り、再び肺経へとつながっていきます。

つまり、気血は一直線に流れて終わるのではありません。

十二経脈を巡りながら、再び最初へ戻ってくる循環として考えられているのです。

「環の端なきが如し」とは

この絶え間ない巡りを、古典では

「環の端なきが如し」

と表現します。

「環」とは輪のことです。

輪には始まりも終わりもありません。

同じように、気血も体の中を絶えず循環し続けるという考え方です。

この表現は、東洋医学における経脈の考え方を非常によく表しています。

人体を一本の道として考えるのではなく、
全身を巡り続ける「循環するネットワーク」として捉えているのです。

なぜ手首の脈から全身の状態がわかるのか

第二十三難には、気血の巡りだけでなく、
「脈を診て全身の状態を知る」という考え方も示されています。

経脈を巡っている気血の状態は、体表の脈にも現れると考えられていました。

特に重要とされたのが、

「寸口」と「人迎」

です。

寸口は手首の橈骨動脈付近にあたり、現在の東洋医学でも脈診を行う代表的な場所です。

人迎は首にある経穴で、頸動脈の拍動を触れることができる場所です。

古代の医家たちは、こうした脈を診ることで、

・気血がどのように巡っているのか
・どの経脈に変化があるのか
・全身がどのような状態なのか

を読み取ろうとしました。

脈診は単に脈拍数を測るものではない

現代では脈を診るというと、
「1分間に何回打っているか」を測ることをイメージする方が多いかもしれません。

しかし東洋医学の脈診は、単に脈拍数を数えるものではありません。

脈の速さだけでなく、

・強いか弱いか
・浅いところで触れるか、深いところで触れるか
・滑らかか
・緊張しているか

など、さまざまな特徴を確認します。

そして、それらを全身の気血や臓腑、経脈の状態と結びつけて考えていきます。

第二十三難の背景には、

「全身を巡っているものだからこそ、一部分の脈を診ることで全身を知ることができる」

という考え方があるのです。

第二十三難に出てくる「終始」とは

第二十三難では、「終始」という言葉も重要な意味を持っています。

気血が巡り、経脈の働きが保たれている状態。

そして、その巡りが衰え、脈気が絶えていく状態。

古代中国医学では、経脈を巡る気血と生命活動そのものを深く結びつけて考えていました。

つまり、経脈の巡りは単なる体内の流れではなく、
「生命が保たれていること」と関係する重要なものとして捉えられていたのです。

第二十三難は経脈の長さだけを説明した篇ではない

第二十三難というと、「経脈の長さが十六丈二尺」といった数字が印象に残るかもしれません。

しかし、この篇が伝えているのは、それだけではありません。

飲食物から得られたものをもとに気血がつくられ、中焦を起点として全身へ巡る。

その気血は十二経脈を順番に通り、終わることなく循環する。

そして、その巡りの状態を脈から読み取る。

こうした一連の考え方を通して、
古代中国医学が人の身体をどのように捉えていたのかを示しているのです。

まとめ

『難経』第二十三難では、経脈の長さや気血の巡り、
そして脈診との関係が説明されています。

大切なポイントは、

「人は食によって養われ、そこから得られた気血が経脈を巡り、その巡りが脈に現れる」

という考え方です。

気血は中焦を起点として十二経脈を巡り、再び肺経へと戻ります。

その様子を古典では、

「環の端なきが如し」

と表現しました。

始まりも終わりもない輪のように、気血は全身を巡り続ける。

第二十三難には、人体を一つのつながった生命活動として捉えようとした、
古代中国医学の身体観がよく表れています。

『難経』を読み進めていくと、経穴や経脈を単独で覚えるだけでは見えてこない、
東洋医学全体のつながりが少しずつ見えてきます。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.30更新

ツボの名前に込められた意味 ― 穴名考入門〈第3回/全4回〉

はじめに

前回の第2回では、星や山、川の流れ、建物、そして動物や植物にちなんだ経穴の名前をご紹介しました。夜空の星々や大地の風景を、古代の人々が人の体に重ね合わせていた様子を感じていただけたのではないでしょうか。

第3回となる今回は、その続きです。道具や器物、体のつくり、そして古典に記されたツボの働きなど、経穴の名前に込められた意味をさらに見ていきます。後半では、経絡の考え方と経穴の名前とのつながりを知るうえで欠かせない五兪穴(ごゆけつ)と、少し珍しい五音(ごいん)にちなむ名前もご紹介します。

以下に動画の原稿も掲載しますので、動画とあわせて、あるいは文章だけでもお読みいただければ幸いです。

経穴の名前に見られる法則(つづき)

前回は、経穴の名前を「天文・星」「地形」「水の流れ」「建物・門・宮殿」「動物や植物」の5つのグループに分けてご紹介しました。今回はそれに続く、6つ目から10番目のグループです。

前回もお伝えしたとおり、分類の仕方は研究者によってさまざまで、ひとつの経穴が複数の分類にまたがることもあります。あくまでも名前の意味を理解するための、ひとつの見方としてお読みください。

6.道具や器物にちなむ名前

古代の人々は、体の形や動きを、暮らしのなかで使う身近な道具にたとえることがありました。

■ 頬車 ― 回る車にたとえた下あご

前回の最後に「なぜ『車』という漢字が使われているのでしょうか」と問いかけた頬車から見ていきましょう。
頬車は、奥歯を噛みしめたときに盛り上がる、咬筋の近くにあるツボです。口を開け閉めするときの下あごの動きを、車が回る様子になぞらえた名前と考えられています。

■ 缺盆 ― ふちの欠けた器

鎖骨の上のくぼみにある缺盆は、「欠けた盆」、つまり、ふちが欠けた器のような形を表しています。鎖骨の上にできるくぼみを、器に見立てたわけです。
体の形を身近な道具にたとえる。そこには、古代の人々のおおらかで具体的なものの見方が表れています。

7.体の構造や場所をそのまま表す名前

7つ目は、体の構造や場所を、そのまま表した名前です。これらは、名前を聞くだけで体のどこにあるのかをイメージしやすい経穴です。

■ 大椎 ― 大きく突き出た椎骨

首の付け根にある大椎は、大きく突き出た椎骨を表しています。首を前に倒したときに、ひときわ目立つ骨の出っ張りを思い浮かべると、名前の由来がよくわかります。

■ 完骨・腕骨 ― 骨の名前がそのまま経穴に

耳の後ろの骨の近くにあるのが完骨、手首の小指側にあるのが腕骨です。どちらも、近くにある骨の名前がそのまま経穴の名前になっています。

8.働きや効能を表す名前

8つ目は、働きや効能を表す名前です。経穴の名前には、古くから考えられてきた働きが込められているものもあります。

■ 睛明・聴宮・迎香 ― 目・耳・鼻の働き

目頭にある睛明は、目を明るくするという意味です。
耳の前にある聴宮は、聴く働きに関わる宮殿。前回ご紹介した「建物・宮殿」の名前と重なる例でもあります。
小鼻の横にある迎香は、香りを迎えるという意味で、鼻の働きとの関係を表しています。
目・耳・鼻という顔の感覚器のそばに、それぞれの働きを表す名前の経穴があるのは興味深いところです。

■ 承泣 ― 涙を受けるところ

目の下にある承泣は、涙を受けるところ。前回の承山と同じく、「承」は受ける、支えるという意味です。目からこぼれる涙を下で受け止める位置を、そのまま名前にしています。

■ 風池 ― 風の邪気が集まる池

首の後ろにある風池は、東洋医学でいう風の邪気(風邪・ふうじゃ)が集まる、池のようなくぼみを表しています。また、風に関係する症状を治める場所という意味も、込められていると考えられています。
このように、経穴の名前には、古代の人々が考えていた働きや役割が表されているのです。なお、風池については次回、名前を構成する漢字をさらに丁寧に読み解いていきます。

9.臓腑や気血にちなむ名前

9つ目は、臓腑や気血にちなんだ名前です。

■ 背部兪穴 ― 臓腑の気が背中に注ぐところ

背中には、肺兪、心兪、肝兪など、臓腑の名前がついた経穴が並んでいます。これらは背部兪穴と呼ばれます。
「兪」という字には、送り届けるという意味があり、臓腑の気が背中に注ぐ場所として考えられてきました。名前を見るだけで、どの臓腑と関係の深い経穴なのかがわかるのも特徴です。

■ 気海・血海 ― 気の海と血の海

下腹部にある気海は、気の海。太ももの内側にある血海は、血の海を意味します。気と血という、東洋医学で体を支える大切なものが、広く深い「海」として表されています。

■ 関元・命門 ― 元気の関所と生命の門

下腹部の関元は、元気の関所。腰にある命門は、生命の門という意味です。
体の根本的な働きに関わると考えられてきた経穴には、それにふさわしい名前がつけられているのです。

10.陰陽や数字、位置関係を表す名前

10番目は、陰陽や数字、位置関係を表した名前です。

■ 三陰交 ― 三つの陰の経絡が交わるところ

三陰交は、足の三つの陰の経絡が交わるところです。その三つとは、脾経・肝経・腎経です。「三」という数字と「陰」、そして「交わる」という漢字の組み合わせが、そのまま経絡どうしの関係を表しています。

■ 陰陵泉・陽陵泉 ― 陰と陽の対

膝の内側にある陰陵泉と、外側にある陽陵泉。この二つは、陰と陽が対になった名前です。体の内側を陰、外側を陽とする東洋医学の考え方が、名前にそのまま表れています。

■ 至陰 ― 陽から陰への切り替わり

足の小指の先にある至陰は、陽の経絡である膀胱経から、陰の経絡である腎経へとつながる場所です。「陰に至る」という名前に、陽から陰への切り替わりが込められているのです。

五兪穴 ― 経絡を流れる気と「水の名前」

ここまで、経穴の名前に見られるさまざまな法則をご紹介しました。では、こうした名前は、経絡の考え方とどのようにつながっているのでしょうか。
ここでぜひ知っておきたいのが、五兪穴という考え方です。

『霊枢』九鍼十二原篇に見る気の流れ

東洋医学の古典『霊枢』の九鍼十二原篇には、経絡を流れる気を、川の流れにたとえた説明があります。手足の末端から肘や膝に向かって、気の流れが次第に大きくなっていく様子を、五つの段階で表しています。

  • 井(せい):井戸の「井」と書き、気が湧き出るところを意味します。
  • 滎(えい):湧き出た気が、細い流れとなるところです。
  • 兪(ゆ):流れが注ぎ込み、勢いを増すところです。
  • 経(けい):流れが大きくなり、通り過ぎていくところです。
  • 合(ごう):流れが深く入り、合わさるところを表します。

この五つをまとめて、五兪穴と呼びます。

合穴に並ぶ「池・海・沢・泉」

ここで、前回ご紹介した、水にちなんだ経穴の名前を思い出してみてください。
肘の近くにある曲池・少海・尺沢。膝の近くにある曲泉・陰陵泉。
これらは、いずれも五兪穴のなかの合穴にあたります。そして名前にも、池、海、沢、泉といった、水に関係する漢字が使われています。
小さな泉から始まった流れが、やがて大きな川となり、池や海へと注いでいく。経穴の名前を並べてみると、古代の人々が思い描いた、体の中の川の姿が浮かび上がってくるのです。

五音にちなむ名前 ― 少商と商陽

最後に、もう一つ、興味深い名前の法則をご紹介します。それが、五音にちなんだ名前です。

五音と五行

五音とは、古代中国で使われていた、五つの音の分類です。宮・商・角・徴・羽の五つがあり、それぞれが五行と結びつけられてきました。
このうち、商という音は、五行の金に配当されます。そして、五行で金に属する臓腑は、肺と大腸です。

肺経と大腸経をつなぐ「商」の字

ここで、肺経と大腸経の経穴を見てみましょう。
肺経の最後にある経穴は少商。大腸経の最初にある経穴は商陽です。どちらにも、「商」という漢字が使われています。
肺経と大腸経は、東洋医学では表と裏の関係にあると考えられています。その二つの経絡のつながりを、五行の金に配当される「商」という音から読み解くこともできるのです。
まるで、肺から大腸へと気が受け渡されるところに、金の音が響いているようです。

おわりに

こうして見てみると、経穴の名前は、単なる体の場所を示す記号ではないことがわかります。そこには、自然の姿や体の構造、臓腑の働き、そして古代中国の思想が重ね合わされています。
前回と今回で、経穴の名前に見られる10のグループ、そして五兪穴や五音とのつながりをご紹介しました。名前の背景を知ると、一つひとつの経穴が、ぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。
しかし、一つひとつの名前には、どのような意味が込められているのでしょうか。また、その解釈は、一つだけなのでしょうか。
次回の最終回、第4回では、首の後ろにある風池という経穴を例に、名前を構成する漢字を丁寧に読み解きながら、穴名考の奥深さをご紹介します。ぜひ続けてご覧ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.29更新

睛明(せいめい)とは?目頭にある膀胱経の最初のツボをわかりやすく解説

膀胱経の最初のツボが、目頭にあることをご存じでしょうか。

今回は、目の症状と深く関わる経穴「睛明(せいめい)」について、
場所や名前の由来、古典での考え方、現代の研究まで分かりやすくご紹介します。

睛明は足の太陽膀胱経の第一穴

睛明は、足の太陽膀胱経に属する最初の経穴です。

膀胱経という名前を聞くと、腰や脚、
あるいは膀胱そのものを思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし足の太陽膀胱経は、顔面から始まり、
頭、背中、腰、下肢へと広く走る経脈です。

睛明は、その出発点にあたる経穴です。

場所は、目頭にある内眼角のやや内上方。

目頭と眼窩の内側との間にある、小さなくぼみが目安になります。

「睛明」という名前の意味

睛明という名前にも、この経穴の特徴がよく表れています。

「睛」は、ひとみや眼球を意味します。

「明」は、明るい、はっきりする、明らかになるという意味を持っています。

睛明は目頭のすぐ近くにあり、古くから目の症状に用いられてきました。

そのため、

「目のかすみが取れ、ものが明らかによく見えるようになる」

という意味を込めて名付けられたと解説されています。

つまり「睛明」という名前には、その場所と、
目との深い関わりの両方が表されているのです。

古くから目の症状に使われてきた経穴

睛明は、古くから目に関係するさまざまな症状に用いられてきました。

たとえば、

・目の充血
・目の痛み
・目のかすみ
・涙が出る
・見えにくさ

などです。

また、睛明には「涙孔」「涙空」「泪孔」などの別名も伝えられています。

いずれも「涙」や「目」との関係を感じさせる名称です。

このことからも、睛明が古くから眼の症状と深く関わる経穴として
認識されてきたことが分かります。

睛明には複数の経脈が集まると考えられてきた

睛明は、単なる膀胱経の一つの経穴ではありません。

古典では、複数の経脈が集まる場所としても記されています。

そのため、顔面部の中でも重要な場所の一つと考えられてきました。

東洋医学では、目を単独で働く器官とは考えません。

全身を巡る経脈や臓腑の働きと関係しながら、
目の状態も変化すると考えてきました。

そのため、目の周囲には睛明をはじめ、多くの経穴が配置されています。

目に現れる変化を、目だけの問題として見るのではなく、
体全体の状態とのつながりから捉えようとしてきたのです。

これは東洋医学の特徴的な考え方の一つです。

解剖学的にはとても注意が必要な場所

睛明の周囲には、眼輪筋や内側眼瞼靱帯などがあります。

さらに深部には、眼球や眼窩内の血管、神経など、
非常に重要な組織が存在しています。

そのため、睛明は強く押し込んだり、自己流で鍼を刺したりする場所ではありません。

古典にも、鍼の深さについて慎重な記載があり、灸を禁ずるとする記述があります。

現代の鍼灸においても、睛明は解剖学的な位置関係を十分に理解した専門家が、
慎重に扱う必要のある経穴です。

特に眼の周囲は非常に繊細な場所です。

「ツボだから自分で強く押しても大丈夫」と考えず、
刺激には十分注意する必要があります。

現代の臨床研究でも検討されている

睛明は、現代の鍼灸研究でも対象となっています。

たとえば、ドライアイなどの眼症状に対して、
睛明を含む鍼治療の有効性を検討した臨床研究があります。

2022年には、中等度から重度のドライアイ患者を対象として、
睛明への鍼治療と人工涙液を比較した研究も報告されています。

その研究では、涙液分泌量や自覚症状の一部に改善が認められました。

ただし、すべての評価項目で鍼治療が優れていたわけではありません。

また、

「睛明に鍼をすれば眼病が治る」

と単純に考えることはできません。

ドライアイひとつをとっても、原因には涙の分泌量、
涙の質、まぶたの状態、生活環境など、さまざまな要素が関係します。

目の症状では医療機関との連携も大切

目の症状には、早めの診断や治療が必要なものもあります。

突然見えにくくなった、強い目の痛みがある、視野がおかしい、
急に充血が強くなったなどの場合には、
まず眼科などの医療機関で原因を確認することが重要です。

鍼灸治療を行う場合も、必要に応じて医療機関と連携しながら、
安全に進めることが大切です。

鍼灸では、睛明だけを見るのではなく、
目の症状の出方や全身状態などを確認したうえで、
ほかの経穴と組み合わせながら治療を考えていきます。

まとめ

睛明は、足の太陽膀胱経の第一穴で、目頭の近くにある経穴です。

「睛」は眼を、「明」は明らかになることを意味し、
その名前には目との深い関わりが表れています。

古くから、目の充血や痛み、かすみ、
涙が出るといった症状に用いられてきました。

一方で、睛明の周囲には眼球や血管、神経など重要な組織があるため、
刺激には十分な注意が必要です。

睛明は小さな目頭のくぼみにある経穴ですが、その背景には、
古代の人々が目と全身とのつながりを見つめてきた長い歴史があります。

経穴の名前や位置を知ることで、東洋医学が体をどのように捉えてきたのかも、
より深く理解できるのではないでしょうか。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.23更新

環跳とは?お尻の奥の痛みや脚のしびれに使われる重要なツボ

「お尻の奥がズーンと重だるい」

「太ももの外側までピリッとしびれる」

そんな症状を感じたことはありませんか。

今回は、足の少陽胆経に属する重要な経穴、
環跳(かんちょう)についてご紹介します。

環跳は、お尻の外側にあるツボで、
古くから腰や股関節、下肢の痛みやしびれなどに用いられてきました。

環跳はどこにある?

環跳の場所を探すときには、二つの目印があります。

一つは、太ももの外側にある骨の出っ張りである大転子(だいてんし)。

もう一つは、お尻の中央付近にある仙骨裂孔(せんこつれっこう)です。

この二つを結んだ線をおよそ3等分し、
大転子側から3分の1付近が環跳のおおよその目安になります。

また、環跳には身体の動きを利用した探し方もあります。

膝を胸に引き寄せるように股関節を大きく曲げると、
お尻の横に丸みを帯びた筋肉の盛り上がりや、くぼみが現れます。

その外側付近も、環跳を探す際の一つの目安になります。

じっと立っているだけでは分かりにくく、
股関節を動かすことで見つけやすくなるところが、環跳の興味深い特徴です。

「環跳」という名前の意味

環跳という名前にも、このツボの特徴が表れています。

「環」には、輪、めぐる、円いといった意味があります。

「跳」には、跳ねる、飛び上がるという意味があります。

膝を胸に抱えるように股関節を曲げると、
お尻の外側の筋肉が丸く盛り上がり、輪のような形が浮かび上がります。

環跳は、その周辺に現れるくぼみに位置することから、
この名前がついたと考えられています。

経穴の名前には、
身体の形や動きがそのまま表現されているものが少なくありません。

環跳も、古代の人々が身体を動かしながら
丁寧に観察していたことを感じさせる経穴の一つです。

どのような症状に使われるのか

環跳は、特に腰から下肢にかけての症状に用いられることの多いツボです。

たとえば、

お尻の痛みや重だるさ
坐骨神経痛にみられるような痛みやしびれ
太ももの外側の痛み
下肢のしびれ
股関節周囲の痛み
脚の動かしにくさ

などです。

古典でも、腰や股関節、下肢に関係するさまざまな症状に用いられてきました。

特に、お尻から脚へと症状が広がるような場合に、臨床で選ばれることの多い経穴です。

現代解剖学から見た環跳

環跳があるお尻の周辺には、大殿筋をはじめとする殿部の筋肉があります。

さらに、その深部には坐骨神経が走行しています。

坐骨神経は腰からお尻を通り、太ももの後ろ側から下肢へと続く非常に太い神経です。

そのため、お尻の深部の筋肉が緊張している場合や、
腰から脚にかけて痛みやしびれがある場合、
環跳周辺の状態が治療の参考になることがあります。

長時間のデスクワークで座り続けていたり、歩き方や姿勢に偏りがあったりすると、
殿部の筋肉に負担がかかり、張りや硬さを感じることもあります。

一度お尻の外側をそっと触れてみると、
思っていた以上の張りに気づく方もいるかもしれません。

痛みやしびれの原因は一つではない

ただし、お尻から脚にかけての痛みやしびれが、
すべて同じ原因で起こるわけではありません。

腰椎や椎間板、股関節、筋肉、末梢神経など、さまざまな原因が考えられます。

そのため実際の治療では、「環跳が痛いから環跳だけを治療する」というのではなく、
症状の出方や身体の動き、神経学的な所見なども含めて原因を考えることが大切です。

環跳にはいくつもの別名がある

環跳は、古い文献の中でさまざまな名前で呼ばれてきました。

たとえば、

鐶跳(かんちょう)
髀枢(ひすう)
髀厭(ひえん)
分中(ぶんちゅう)

などです。

このうち「髀(ひ)」は、股や太ももを表す言葉です。

こうした別名からも、
環跳が股関節や太ももに深く関係する場所として認識されていたことがうかがえます。

一つの経穴にこれだけ多くの名称が残されていることからも、
古くから注目されてきた重要なツボであることが分かります。

胆経と膀胱経が関係する場所

環跳は、足の少陽胆経に属する経穴です。

また古典では、
足の太陽膀胱経とも関係する交会穴として扱われる記載があります。

交会穴とは、複数の経脈が交わると考えられている場所です。

鍼灸では、このように複数の経脈と関係する経穴は、
広い範囲の症状に応用される重要なポイントとして考えられてきました。

環跳が腰、臀部、股関節、下肢と幅広い症状に用いられてきた背景には、
こうした経絡上の位置づけも関係しています。

古代の人々は身体の動きまで観察していた

環跳の取穴法を見ていると、
古代の鍼灸家たちが身体を非常に細かく観察していたことが分かります。

骨の位置を確認する。

関節を動かす。

姿勢によって変化する筋肉の形を見る。

そして、そこに現れるくぼみを探す。

現代のような画像診断装置がない時代に、
身体の表面から骨格や筋肉の状態を丁寧に読み取りながら
経穴の位置を定めていたのです。

まとめ

環跳は、足の少陽胆経に属する、お尻の外側にある重要な経穴です。

古くから、腰や股関節、臀部、下肢の痛みやしびれなどに用いられてきました。

また、大殿筋などの殿部筋群や坐骨神経に比較的近い場所にあることから、
現代の臨床でも下半身の症状を考えるうえで重要なポイントの一つです。

そして「環跳」という名前や、髀枢・髀厭など数多くの別名には、
この場所と股関節、太ももの深いつながりが表れています。

長い歴史の中で、これだけ多くの名前を残し、
腰や股関節、下肢の症状に使われ続けてきた環跳。

小さな一つのツボの中に、古典の身体観と現代解剖学につながる視点が重なっている。

環跳は、そんな鍼灸の奥深さを感じさせてくれる、大切な経穴の一つです。

 

 

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.21更新

ツボの名前には法則がある?経穴名に隠された古代中国の世界観

「合谷」「足三里」「神門」「湧泉」など、鍼灸で使われるツボには、
それぞれ名前がつけられています。

では、こうした経穴の名前は、どのようにしてつけられたのでしょうか。

約360ある経穴の名前を眺めていくと、いくつかの共通したパターンが見えてきます。

そこには、星や山、川、建物、動物など、
古代中国の人々が身近に感じていた自然や暮らしの風景が映し出されています。

今回は、経穴の名前に見られる代表的な法則を5つに分けてご紹介します。

なお、経穴名の分類方法にはさまざまな考え方があり、
ひとつの経穴が複数の分類に当てはまることもあります。

1.天文や星にちなんだ名前

まずは、天文や星にちなんだ経穴です。

古代中国の人々は、夜空の星の動きに深い関心を寄せていました。

そのため、星や天体に関係する名前が経穴にも使われています。

代表的なのが「天枢」です。

天枢は、北斗七星の第一星の名前でもあります。

おへその両外側にあり、体の上半身と下半身、
つまり「天」と「地」の気が切り替わる要の位置にあることから、
この名がついたと考えられています。

胸の中央にある「璇璣」も、北斗七星を構成する星の名前に由来します。

その下に続く「華蓋」は、天子の頭上にかざす天蓋を表す星の名です。

東洋医学では、
五臓の中で最も上に位置する肺を「華蓋」にたとえることもあります。

さらに下にある「紫宮」は、
天帝の住まいと考えられた天上の宮殿に関係する名前です。

胸の正中線を上からたどっていくと、
まるで夜空の宮殿を旅しているようにも感じられます。

また、足にある「太白」は、金星の古い呼び名でもあります。

経穴名には、古代中国の天文学や宇宙観が深く関わっているのです。

2.山・谷・丘など地形にちなんだ名前

2つ目は、山や谷などの地形に由来する名前です。

古代の人々は、体の骨の出っ張りや筋肉の盛り上がりを「山」に、
その間にあるくぼみを「谷」に見立てました。

そのため、経穴名には地形を表す言葉が数多く登場します。

外くるぶしの後ろにある「崑崙」は、その代表です。

崑崙という名前は、中国の伝説に登場する高く険しい「崑崙山」に由来します。

外くるぶしの盛り上がりを高い山に見立てた名前と考えられています。

ふくらはぎの下にある「承山」は、ふくらはぎの筋肉の盛り上がりを山に見立て、
その山を下から受ける場所を表しています。

手の甲にある「合谷」は、
親指と人差し指の骨が合わさるところにできる「谷」という意味です。

ほかにも「陽谷」「然谷」など、「谷」のつく経穴はいくつもあります。

また、『素問』の「気穴論」には、筋肉が大きく合わさるところを「谷」、
小さく合わさるところを「谿」とする考え方が記されています。

経穴名に使われる「谷」や「谿」は、
このような身体の構造の捉え方とも深く結びついているのです。

3.水の流れにちなんだ名前

経穴名で特に多く見られるのが、水に関係する言葉です。

「泉」「池」「沢」「海」「淵」「渓」「渠」など、
水の流れやたまりを表す漢字が数多く使われています。

これは、東洋医学で経絡を流れる気血を、
水の流れにたとえて考えてきたことと関係しています。

足の裏にある「湧泉」は、
その名前の通り「泉が湧き出るところ」という意味です。

湧泉は腎経の最初の経穴であり、
生命活動と深く関わる腎の気が湧き出す場所として捉えられてきました。

手首にある「太淵」は、「大きく深い淵」を意味します。

太淵は肺経の原穴であり、さらに脈会とされる重要な経穴でもあります。

脈や気が深く集まる場所というイメージが、名前に込められていると考えられます。

肘には「尺沢」「曲池」「少海」。

膝の周辺には「陰陵泉」「陽陵泉」「曲泉」。

このように、体のさまざまな場所に水を思わせる経穴名がつけられています。

体の中を巡る気血を川の流れのように捉える古代中国の考え方が、
経穴名にも表れているのです。

4.建物や門、宮殿にちなんだ名前

4つ目は、建物や門、宮殿に関係する名前です。

古代中国では、人の体をひとつの国や宮殿のように捉える考え方がありました。

そのため、経穴名にも「門」「戸」「関」「宮」「窓」など、
建物を連想させる言葉が数多く登場します。

手首にある「神門」もそのひとつです。

東洋医学では、「心」は精神や意識の働きと深く関係すると考えられてきました。

神門は手の少陰心経に属する経穴で、この経絡の原穴でもあります。

その名前には、精神や意識の働きにつながる大切な「門」という意味が込められています。

背中にある「風門」は、文字通り「風が出入りする門」。

東洋医学では、「風」は体調を崩す原因のひとつとして捉えられてきました。

また、前腕にある「内関」「外関」の「関」は、関所を意味します。

胸には「気戸」「庫房」「屋翳」「膺窓」と、
戸口、倉庫、屋根、窓を思わせる名前が続いています。

さらに首には「天窓」、口の横には「地倉」があります。

まるで人の体の中に、ひとつの町や宮殿が広がっているようです。

5.動物や植物の形にちなんだ名前

5つ目は、動物や植物にちなんだ経穴名です。

古代の人々は、体の形や筋肉の盛り上がりを、
身近な動物や植物にたとえて表現しました。

太ももの前にある「伏兎」は、大腿部の筋肉の盛り上がりを、
うずくまった兎に見立てた名前です。

膝のお皿の下、外側にある「犢鼻」は「子牛の鼻」という意味です。

膝蓋骨の下にできるくぼみを、子牛の鼻の穴に見立てた名前といわれています。

みぞおちにある「鳩尾」は、胸骨の下端の形を鳩の尾にたとえたものです。

親指の付け根にある「魚際」は、手のひらのふくらみを魚の腹に見立て、
その縁にあることから名づけられました。

眉頭にある「攅竹」は、眉毛が集まって生える様子を竹に見立てた名前です。

こうした経穴名からは、古代の人々が人体を細かく観察し、
自然界のさまざまなものに重ね合わせて理解していたことが伝わってきます。

経穴の名前を知ると、ツボの見え方が変わる

こうして経穴の名前を見ていくと、
単なる記号としてつけられた名前ではないことが分かります。

夜空の星々。

山や谷。

川や泉。

門や宮殿。

そして、動物や植物。

古代の人々は、自分たちの身の回りにある自然や暮らしの風景を、
人の体に重ね合わせながら経穴を捉えていました。

経穴の名前を知ることは、単にツボの名称を覚えるだけではありません。

その背景にある古代中国の身体観や自然観を知ることにもつながります。

そして、経穴の名前に隠された法則は、これだけではありません。

例えば、「頬車」というツボには、
なぜ「車」という漢字が使われているのでしょうか。

次回は、昔の人々が使っていた道具や、私たちの体のつくり、
さらに古典に記されたツボの働きなどから、
経穴の名前に込められた意味をさらに詳しくご紹介します。

ツボの名前を知ると、これまで何気なく見ていた経穴が、
少し違って見えてくるかもしれません。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.18更新

頬車(きょうしゃ)とは?場所・名前の由来・咬筋との関係をわかりやすく解説

奥歯を強く噛みしめたとき、頬の奥に硬く盛り上がる部分を感じることがあります。

そこにある代表的な筋肉が「咬筋」です。

今回は、この咬筋の近くにある経穴「頬車(きょうしゃ)」について、
場所や名前の由来、あごの動きとの関係をわかりやすくご紹介します。

頬車はどこにある?

頬車は、あごの角にあたる「下顎角」のやや前上方にあります。

目安としては、下顎角から前上方へ指一本分ほど進んだところです。

探すときは、まず奥歯をぐっと噛みしめてみてください。

すると、頬の後方に硬く盛り上がる筋肉が触れます。

これが咬筋です。

そのまま力を抜くと、盛り上がっていた部分に、
わずかなくぼみを感じる場所があります。

そのあたりが頬車のおおよその位置です。

噛みしめたときの筋肉の盛り上がりと、力を抜いたときのくぼみを目印にすると、
比較的位置を確認しやすくなります。

頬車は足の陽明胃経に属する経穴

頬車は、「足の陽明胃経」という経脈に属する経穴です。

胃経と聞くと、胃やお腹の働きを思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし、足の陽明胃経は顔面から体幹、さらに下肢まで広く走る経脈です。

そのため、顔や口、あごの周辺にも胃経に属する経穴がいくつもあります。

頬車も、その代表的な経穴の一つです。

「頬車」という名前の意味

「頬車」という名前は、「頬」と「車」という二つの漢字から成り立っています。

「頬」は、文字どおり「ほお」を意味します。

一方、「車」という字は、
古くはあごや歯を支える部分を表す「牙車」という言葉にも使われていました。

そのため、頬の下方、下顎角付近にあることから
「頬車」と呼ばれるようになったと考えられています。

経穴の名前には、このように体の位置や形、
働きなどが反映されているものが少なくありません。

頬車の近くにある「咬筋」とは

頬車のすぐ近くには、咬筋という筋肉があります。

咬筋は、下あごを持ち上げて口を閉じたり、
物を噛んだりするときに重要な働きをしています。

食事をするとき、私たちのあごは単純に上下するだけではありません。

食べ物を細かくすりつぶすために、前後や左右にも動いています。

顎関節では、

・回転するような動き
・前後へ滑るような動き

が組み合わさっています。

こうした複雑なあごの動きを支える筋肉の一つが咬筋です。

範囲としてはそれほど大きくありませんが、
毎日の食事や会話などで繰り返し使われています。

頬車はどのようなときに使われてきたのか

頬車は、古くから顔やあご、
歯の周辺に関係する症状に用いられてきた経穴です。

たとえば、

・歯の痛み
・あごのこわばり
・口が開きにくい
・頬の腫れ
・口もとの動かしにくさ

などに用いられることがあります。

また、顔面の動きに関わる症状に対して、
ほかの顔面部の経穴と組み合わせて使われることもあります。

ただし、あごや顔面の不調は原因や経過が人によって大きく異なります。

一つの経穴だけで症状が改善するとは限らず、
実際には症状の出方や筋肉の緊張、あごの動きなどを確認することが大切です。

咬筋が緊張しているとどうなる?

食いしばりや歯ぎしりの癖がある方では、
咬筋に強い緊張がみられることがあります。

また、仕事や勉強などに集中しているときに、無意識に上下の歯を接触させたり、
あごに力を入れていたりすることもあります。

本人には食いしばっている自覚がなくても、
知らないうちに咬筋が緊張していることがあります。

このような状態では、頬車の周辺を触ると、

・片側だけ硬く感じる
・左右で筋肉の張り方が違う
・押したときに違和感や圧痛がある

といった左右差を感じることもあります。

普段どちら側でよく噛んでいるのか、
無意識にあごへ力が入っていないかを振り返るきっかけにもなります。

あごは食事以外でも使われています

あごを動かすのは、食事のときだけではありません。

会話をしたり、声を出したりするときにもあごは動きます。

普段はほとんど意識していない場所ですが、
実際には一日の中で何度も働き続けています。

そのため、食いしばりや歯ぎしりだけでなく、
仕事や生活の中であごに力を入れる癖が続いていると、
咬筋周辺に負担がかかることがあります。

頬車への鍼治療

鍼治療では、頬車だけを見るのではなく、
咬筋の緊張やあごの開閉のしやすさ、左右差なども確認します。

必要に応じて、

・頬車周辺
・側頭部
・あごの周囲
・首や肩

なども確認しながら治療を行います。

あごの不調には、筋肉だけでなく顎関節や歯、
噛み合わせなどが関係している場合もあります。

そのため、症状によっては歯科や口腔外科などでの確認が必要になることもあります。

まとめ

頬車は、足の陽明胃経に属する、下顎角のやや前上方にある経穴です。

すぐ近くには咬筋があり、噛む、
口を閉じるといったあごの動きと深く関わっています。

食いしばりや歯ぎしり、日中の無意識な噛みしめなどによって、
咬筋周辺に負担がかかることもあります。

左右の頬を軽く触り比べてみると、
筋肉の硬さや感覚に違いがあることに気づくかもしれません。

頬車は、昔から「あご」や「噛む」という動作と
関係の深い経穴として使われてきました。

あごのこわばりや口の開けにくさなどでお悩みの場合は、
一つのツボだけを見るのではなく、あごの動きや筋肉の状態、
日常生活での癖などを含めて確認することが大切です。

岐阜市の井島鍼灸院では、体の状態を確認しながら、
症状に応じた鍼灸治療を行っています。

投稿者: 井島鍼灸院

2026.10.16更新

難経第39難とは?「五臓六腑」と「六臓五腑」の謎をわかりやすく解説

私たちは普段、「五臓六腑」という言葉をよく使います。

東洋医学における五臓とは、肝・心・脾・肺・腎の5つ。
六腑とは、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦の6つを指します。

ところが、『難経』第39難には少し不思議な問いが出てきます。

古い経典の中には、「腑は5つ、臓は6つ」と書かれているものがあるのです。

五臓なのに、なぜ臓が6つなのか。
六腑なのに、なぜ腑が5つなのか。

第39難は、この数の違いを説明している章です。

なぜ「臓」が6つになるのか

まず、臓が6つになる理由から見ていきましょう。

一般的な五臓は、

・肝
・心
・脾
・肺
・腎

の5つです。

ところが第39難では、「腎」を左右に分けて考えます。

原文には、

「その左を腎となし、右を命門となす」

という趣旨の記述があります。

つまり、左側を「腎」、右側を「命門」と考えるのです。

すると、

肝・心・脾・肺・腎・命門

となり、全部で6つになります。

これが、第39難において「臓が6つ」と説明される理由です。

命門とは何か

では、この「命門」とは何なのでしょうか。

第39難では、命門について「精神の舎るところ」といった意味の説明がされています。

さらに、男性では精を蔵し、女性では胞につながると述べられています。

ここでいう「精」は、現代医学でいう精子だけを意味するものではありません。

東洋医学における精は、生殖だけでなく、成長や発育、
生命活動を支える根本的な働きまで含んだ、より広い概念として考えられています。

また「胞」についても、現代医学の子宮だけにそのまま置き換えるより、
女性の生殖に関係する器官や機能を表す古典的な表現として理解した方がよいでしょう。

つまり命門は、単なる「右側の腎臓」という意味ではありません。

古代中国医学では、生命力や生殖、
成長と深く関係する働きを示す存在として捉えられていたのです。

腎と命門は別々なのか

第39難では腎と命門を左右に分けて説明していますが、
完全に別々のものとして考えているわけではありません。

原文には、

「その気、腎と通ず」

という趣旨の記述もあります。

つまり、腎と命門は分けて説明されながらも、
働きとしては密接につながっていると考えられています。

この点が、第39難の命門論を理解するうえで重要です。

なぜ「腑」は5つになるのか

では次に、なぜ腑は5つとされるのでしょうか。

五臓には、それぞれ対応する腑があります。

・肝 ― 胆
・心 ― 小腸
・脾 ― 胃
・肺 ― 大腸
・腎 ― 膀胱

この組み合わせだけを見ると、腑は5つになります。

もちろん、東洋医学では三焦を加えて六腑とします。

では、なぜ第39難では「五腑」と考えるのでしょうか。

そのポイントが「三焦」です。

三焦は特殊な腑

三焦は、六腑の一つに数えられます。

しかし第39難では、三焦は五臓のどれか一つと直接対応する腑ではないと考えられています。

胆は肝に対応し、小腸は心に対応し、胃は脾に、大腸は肺に、膀胱は腎に対応します。

一方、三焦には、このような一対一で対応する五臓がありません。

そのため、五臓に直接属する腑だけを数えると、

胆・小腸・胃・大腸・膀胱

の5つとなります。

これが「腑は5つ」とされる理由です。

第39難は単なる数合わせではない

第39難を読むと、

「六臓五腑という数を説明するために、無理に数を合わせているのではないか」

と感じる方もいるかもしれません。

しかし、この章の大切なところは、単なる数合わせではありません。

第39難では、

「左を腎、右を命門とする考え方」

そして、

「五臓のどれか一つに直接属するわけではない、特殊な腑としての三焦」

という二つの考え方を用いています。

この二つを組み合わせることで、
古典に見られる「五臓六腑」と「六臓五腑」という違いを説明しているのです。

古代中国医学における「臓腑」は現代医学の臓器とは少し違う

ここで注意したいのは、難経に出てくる「腎」や「命門」「三焦」などを、
そのまま現代医学の臓器に置き換えないことです。

現代医学では、腎臓は実際の臓器として形や働きが明確に定義されています。

しかし古代中国医学における「腎」は、単に腎臓そのものだけではなく、
成長、発育、生殖、水分代謝など、さまざまな働きを含む概念として捉えられています。

命門や三焦も同様です。

目に見える一つの臓器というより、
身体の働きや生命活動を説明するための概念として理解することが大切です。

命門と三焦から見えてくる古代の生命観

古代の医家たちは、人間の身体を単なる臓器の集合として見ていたわけではありません。

身体の中で生命を支える働きが、互いにどのようにつながっているのか。

それを、腎、命門、三焦などの概念を通して整理しようとしました。

現代の私たちから見ると、命門や三焦は少し分かりにくい概念かもしれません。

しかし、その背景を知ると、
古代の医家たちが人の身体を「働きのつながり」として見ていたことが分かってきます。

まとめ

『難経』第39難では、「五臓六腑」と「六臓五腑」という数の違いについて説明しています。

ポイントは大きく二つあります。

一つ目は、腎を左右に分け、左を腎、右を命門と考えることで「六臓」とすること。

二つ目は、三焦を六腑の一つとしながらも、
五臓のどれか一つに直接属する腑ではないと考えることで、
「五臓に対応する腑」は5つとすることです。

第39難は、単に臓腑の数について説明した章ではありません。

命門や三焦という考え方を通して、
古代中国医学が生命をどのように捉えていたのかを知ることができる一編です。

約2000年にわたり伝えられてきた『難経』。

第39難を読むと、私たちが普段何気なく使っている「五臓六腑」という言葉の奥に、
古代の医家たちが考えた生命観が見えてきます。

投稿者: 井島鍼灸院

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